2008年5月16日金曜日

きみはいってしまうけれども

「きみはいってしまうけれども」


 ペンシル型のロケットに乗り込んだきみは、丸窓から私に手を振り「さよなら」の形で唇を動かした。三十からのカウントダウンを経て、きみのロケットは真っ青な空へ飛び立っていく。白煙がもくもくと視野を濁し、やがてすっかり晴れた空に、きみはもういない。さよなら、ときみと同じ唇の動きを繰り返してみて、私は空の高さを思い知る。小高い緑の丘と澄んだ青の空と場違いなコンクリートの発射台と、もうどこにも行けない私。物語が終わってしまった。もう次のページは捲れない。
 そんな夢を見た日の目覚めは、胸のぽっかり空いた穴に朝の静謐さがとろとろと溢れて切なくなる。朝陽はカーテン越しでさえ眩しい。ぎゅっとシーツを掻き抱いていると部屋の外から、チン、とトースターの鳴る音、直後に「あちっ!」と悲鳴、それからどんがらがっしゃんと食器が喜劇を歌う。ダイニングを覗いてみると、エプロン姿のきみが途方に暮れていて、私と目が合うとあいまいな笑みを浮かべている。ばかね、と苦笑して、私ときみの二人で、一緒に割れた食器を片付ける。おかえりなさい。呆けたきみの顔は無垢な犬みたいだね。額にキスをしてあげよう!





 心臓競作にて。きみはいってしまうけれども。△:2、×:1



 誰かが誰かのことを「きみ」と呼ぶときってどんなときだろう、と考えるとやっぱり特別な情愛が欲しいなあと思ったのです。
 あと、きみはいってしまうけれども、の次には何かが続くわけですが、少なくとも僕は「きみはいってしまうけれども、そんなもの知るか、きみがいってしまわないのが一番いい」とか思う性質だったのでこういう仕上がりになった次第。わがままなんです。