2007年4月30日月曜日

アルデンテ

「アルデンテ」

 この混沌たる部屋が証明するように宮内さんはとてもずぼらな人なのに、アルデンテを作ることだけに関しては世界中の誰よりも正確無比にやってのける。「毎度のことながら見事な御手前で」ふふん、と鼻の下を伸ばす宮内さん。「部屋ももっと綺麗にすればいいのに」「アルデンテだけは特別なんだ」「なんで?」「なんででも、ところでさ」そっけなく話を逸らすのはいつものことで宮内さんは部屋の隅から地図を引っ張ってくると、今度ここに新しい店が出来るらしいんだよね、と楽しそうに話す。ちゅるりと麺の先っぽで円を描いて宮内さんに肩を寄せると、仄かに煙草の匂いがした。テレビはさっきからずっと映像と音声を垂れ流していた。風に微かに湿気が混じり始める五月の終わり、私たちは片田舎の安アパートにいる。なんて、奇跡。その偶然性を自覚してくらくらと眩暈を覚えることが時々ある。「じゃあ今度の週末」「いつもの場所で」ニッと宮内さんが笑うので私もそうすると「ノリが付いてる」唇を閉じる。「早く食べないと伸びるぞ」と促されて私は食事に戻る。ちらりと上目遣いでテレビを見ると、イタリアの町並みが映る。アコーディオンがどこかで奏でられるローマの広場に二人で立つときを想像するが、宮内さんなら「面倒臭い」の一言で一蹴するだろう。




2007年4月29日日曜日

輝ける太陽の子

「輝ける太陽の子」

 腐れる母様の朽ちた胎からは今尚子が生まれ続け、その多くは外気を吸う前に果ててしまいます。すっかり母様の目から色が失せた頃にわたくしは生まれ、兄様や姉様に抱かれ弟や妹の骸を食み育ちました。皆は外の世界を忌避しており、母様に至ってはかつてそこに居たこともあってか思い出すだけで泣き崩れてしまわれます。しかしあるときわたくしがぴちゃぴちゃと水遊びをしておりますと、目の無い弟が窓を開けてしまいわたくしは慌ててそれを閉めるのですが、その間際に見た朝焼けはなんとも言い難く美しいものでした。今でも家の窓には私の付けた黒い手跡が残っていることでしょう。以来わたくしは秘かに外界に想いを馳せるようになりあるときとうとう飛び出すことを決め実行しました。わたくしを慕っていた弟や妹も連れると彼らは直ぐに亡くなりましたが、どういうわけかわたくしだけが生き残りました。構いません。わたくしは間もなく太陽がいつも同じ道を歩むことを知り後を追うことを覚えます。わたくしには足がないので、ぺちゃ、ぺちゃ、と這い爪を大地に差して進むのですが、一日に一度の朝焼けと夕焼けの間だけは留まりました。ちっぽけなわたくしは彼の前ではただひれ伏すしかないのです。窪んだ眼窩に光を溢れる程に浴びて黒くただれた指で虚を這わせれば、彼方に父様の御姿が見える気がするのです。




2007年4月28日土曜日

水浪漫

「水浪漫」

 洗面所の蛇口に足を掛け物思いに耽るカエルが葉巻を咥え平たい鼻から煙を吐く。カエルはおもむろに目を開け、流し目をこちらに向けて旅物語を語り始めた。お嬢さん。一呼吸。アッシらはお嬢さんたちたァ違って体がちっさいンです、でもね、お嬢さん、その分アッシらが見る世界ってのはずっと広いものなンでっさァ。面白そうなので聞いてみる。



2007年4月25日水曜日

落ちる!

「落ちる!」

 一瞬を駆け巡る走馬灯の中に見慣れぬ顔や景色が混じる。胸を押さえ記憶を探るが、「さあ、吐け。さもないと」「少し黙っててくれないか?」


 落ちる!繋がりで。
 森絵都「DIVE!」を読了。よかよか。つか、こんな面白い人だったのねと株価がうなぎのぼり。

2007年4月24日火曜日

「面」

 今朝学校へ行くとみんな面をつけていた。大好きなミツコちゃんがネコの面で、おはよう、と言う。おはよう、と返す声はぎこちなく、かといって面のことを訊くこともできずにもやもやしていたらイヌの面の先生が現れた。遅れて入ってきたのはウサギの面の女の子だった。突然の転入生に、教室は俄に沸いた。
 はじめまして、初山理恵子です。わからないことはたくさんあると思うで、教えてくれると嬉しいです。
 ぺこりと頭を下げ、再び視線を上げたとき初山理恵子は確かにこちらを見た。クラスで面をしていないのは僕だけだったから当然といえば当然で、だけど以後初山理恵子がこちらに目を向けることもなかった。
 初山理恵子と初めて会話をしたのは一緒に兎小屋の掃除をしているときで、初山理恵子は夢の話をした。真っ暗闇の中、自分はたくさんの面の上を歩いていてその中で出会う人は誰もが面を被っているのだという。変な話だよね、と苦笑する初山理恵子は照れ隠しでもするかのように僕に背を向け、虎の面を被った兎たちを隣の柵へと移していく。僕はごくりと唾を飲み込み初山理恵子の後ろに立つと、初山理恵子の面を剥ぎ取った。わっ、と泣き出す初山理恵子はウサギの面。手にした面を僕は被る。すっかり初山理恵子になった僕は虎の面を初山理恵子に被せ、兎小屋に押し込んだ。
 翌日先生が、片山はご両親の都合で急遽引越しすることになった、と告げた。

2007年4月23日月曜日

結び目

「結び目」

 それは紐を言語とする部族の助詞であることが判明した。中には掛詞になるものもあるようだ。



 昔の拙作を見返してみると、これは本当に自分が書いたものなのかと良い意味でも悪い意味でも驚く。良い意味でも悪い意味でも刺激になって総合的にはとてもよろしいことで。

2007年4月22日日曜日

冷えた椅子

「冷えた椅子」

 窓際最後列の席は幽霊が独り占めしていた。授業中には、いえーい、なんて楽しそうに邪魔をする。迷惑だ。

2007年4月21日土曜日

衝撃

「衝撃」

 陽気な昼下がり、道を歩いていると突然風が止まった。車の音も道行く人の声も止み、どくどくと心臓の音が響いて聞こえる。あのビルの彼方だ、と思うが友人に袖を牽かれ歩く。視線は逸らせない。

2007年4月20日金曜日

密室劇場

「密室劇場」

「まさしく神が創り給ひしこの世界也!」と感銘する俳優の劇の観客を演じる女が「私たちは俳優であり観客なのよ」と呟くを観る貴方。



 内壁が継ぎ目のない鏡で覆われた箱があるとして、箱の蓋を閉めるとすると、蓋が閉まる直前に箱の中に入った光が存在する。が、蓋が閉まった時点で光は永遠に反射され続けるから、真っ暗なところで蓋を開けると一瞬だけ光が飛び出すんじゃないかという妄想を今尚抱き続けていたりする。同様にして、自分を箱の中に置いて光を灯すとどうなるのかしらん、とか思ったり。全身鏡人間になったとしても目だけは鏡になりきれないだろうから、一定空間内の光の一切が双眸に集中するんだろうなー。どんな風に認知されるんだろうねえ。


2007年4月19日木曜日

引き算

「引き算」
 轟音を立てて大地を航行する城には度々盗賊が侵入する。財宝から古の秘密、挙句煉瓦まで盗られそこには轟音のみが残った。しかしある時一羽のねじまき鳥が轟音を啄んだ。が、それでも気配は消えない。




 1,1,2,3,5,8,13...でお馴染みのフィボナッチ数列は、遡ろうとすると途端に秩序を失うのです。というのも原初にふたつの1を仮定しているからで、原初以前は記述し得ないものなのです。An=A(n+1)modA(n+2)もまた一見すると同じような数列になるのだけども、これは0で落ち着く分だけ一応の結論っぽいのがあって個人的には好み。0で割った先がどうなっているのかもまた記述し得ないわけですが。

2007年4月18日水曜日

かめ

「かめ」

 とおんと水滴がかめの底で弾けた。同心円状に拡散する振動は内壁に反射し、軌跡が立体を造形するが直ちに散る。

2007年4月17日火曜日

ボロボロ

「ボロボロ」

 唇の罅割れた娘が差し出すボロボロの布切れを通して見た世界は一切の虚飾を失う。力無く裾を掴む娘の震える指。

2007年4月16日月曜日

金属バット

「金属バット」

 和解の証にと隣国から金属の棒が贈られた。真意を巡り憶測が飛び交う。

2007年4月15日日曜日

二人だけの秘密

「二人だけの秘密」

「僕らの生存を知るのは僕らだけ」
「目を瞑れば君が見えない」
「つまり確認できない」
「ならば誰が君の存在を証明する」
「死んだも同然!」
「君が死ねば僕もまた」
 瞬きの度に僕らは生死を繰り返す。



 むかしむかしまだmixiをやっていた頃、超人秋山氏が「自分以外の全人類が滅びたら、自分も死んだのと同じことである」というニュアンスのことを言っていたのを思い出す。

2007年4月14日土曜日

隣人

「隣人」

 マンションの壁一枚を隔てて共に育ってきた隣人の男の子がいる。私自身を除く家族はその隣人とは面識があり、また私自身もその隣人家族とは面識があるのだが、当の隣人本人とは一度も顔を合わせることなく二十五歳まで生きてきた。
 物心ついた頃に私と同い年の隣人の存在を知り、しばしば家族からその隣人の話を聞いた。そして五歳から八歳にかけて、私は何とかこの隣人の顔を見ようとあれこれ奔走したのだが、運命と言わざるを得ないものに阻まれてとうとう会うことができなかった。小学校が同じだったらしいので、登校時に隣人の玄関の前で待ったこともあった。もちろん会えなかった。
 九歳を過ぎると隣人への関心も薄れ、中学に入る頃には意識することもなくなったが、例えば不意に隣人がバッグを下ろす音が聞こえると、その存在を思い出すのだった。隣人と私の部屋は、まさしく、壁一枚で隔てられているのだ。壁に耳を当てて音に集中してみると、隣人が制服を脱ぐ衣擦れ音が聞こえる。ズボンのチャックを下ろす音、ハンガーに上着を引っ掛ける音。馬鹿馬鹿しくなって試験勉強に戻る。が、集中できなかった。ぼんやり頬杖をついてノートを眺めていると、『コロンブスの卵』という文字が次第に隆起してきて、ついには卵の形に膨れて直立する。ふん、と鼻息をかけてやると卵はコロンコロンと転がり鉛筆立てやスタンド、ついには壁を越えてしまう。続いて親指大のインディアンが腕の下から飛び出し卵を追いかける。私の腕に抑圧されていたのだ。元気よく狩りを始め、その数を五十まで数えたところで夢から醒める。私はベランダに出た。隣人の部屋の窓からは煌々と灯りが零れており、時折隣人の影がゆらゆらと揺れた。不意に外国のロックバンドの曲が一瞬だけ大きく響くと、隣人の影が小さく窄まり、音は小さくなった。私たちのベランダの間から夜風がひゅうひゅうと吹き上がる。なんとなく、遠い、と思った。私はネイティブではない。
 それから私は高校へ進学し、都内の女子大学に入学し、それなりに幸せな恋をしながら事務職を務め、なんとなくプロポーズを受けて気が付いたら結婚式を終えていた。半年前に実家のマンションに帰ったとき、何気なく思い出した隣人のことを尋ねてみると、彼はアメリカでロックバンドを組んで楽しくやっているのだという。ふうん、と相槌を打った私は、その帰りにCDショップに立ち寄り、店員さんに薦められるがままにロックのCDを買っていた。半年経っても何が面白いのか未だにわからない。



 はっくーつ

象を捨てる

「象を捨てる」

 捨てろだって、と伝えると小人の町長は象の頭のてっぺんの議事堂に篭ってしまった。その間ぼくと象は土手沿いを散歩する。(57字)


 内容不問なら結構書けるもんだねえ。

2007年4月12日木曜日

魔法

「魔法」

 興奮醒めあらぬタコ足宇宙人が通訳を伴って現れた。
「空飛ぶ鉄塊に光る硝子球、感動した。と申しております」
 お礼に、と渡された装置を使って、以来ぼくは自在に虹を作れる。

2007年4月11日水曜日

これでもか

「これでもか」

 チーズを至上の食物とする鼠に猫はチーズをたらふく与えたが、以来鼠を見る度吐き気を催すようになってしまった。
��53字)


とまどいもしない

「とまどいもしない」

「さて。君は今人生の中で最も重大な分岐点にある。右を選べば君は」「左!!!!」(39字)



 なんだか一発ネタになりつつあるようなないような。

2007年4月10日火曜日

「食」

 お天道さまに向かってあんぐり口をあけりゃ胃袋の底まで陽が届くのでさぁ、と道化が美食家の王に説く。(48字)


2007年4月9日月曜日

指先アクロバティック

「指先アクロバティック」

 模試で左前方の女の子がペンを回すと、皆が一斉に筆を走らせ始めた。飛び交う暗号に目配せしてしまう。(48字)


2007年4月8日日曜日

まめまつりとか

 終わりの方にこっそりご挨拶メインで遊びに行ってきましたよ。参加者の皆様お疲れ様でした。ナマ脳内亭さんとナマ凍矢さんを拝めたことに頗る満足満足。ごちそうさまでした。聞いた話によると色々な人が顔を出していたのだとか。
 その後秋葉原でアダルトグッズの見学ツアーに行ってきたのだけども、よくよく考えてみれば見目麗しいオネーサン三人に引き連れられて色物DVDだとか鞭だとか見て回るのって、なかなかないよね。うん、貴重な経験だったよ。
 後のオフでひょーたんさんが「みんな一日一本書けばいいんだよ」みたいなことを言っていた(気がする)のでやってみる。隣ではやかつさんが全く別の文脈で「60文字」とか言っていた(気がする)ので採用してみる。とりあえず一週間続けることを目標にしてみる。テーマというかタイトルというかネタはがんばって探してみる。


「降るまで」
 満天の星空から垂れるすきとおった糸を引くと遥か上空で、ぱん、と弾けた。無人の平野の真ん中にぼくは座っている。(54字)

2007年4月7日土曜日

メビウスの輪に唇を

「メビウスの輪に唇を」

 ある朝、鼠のシュナイダーが彼の小屋の中で固く冷たくなっているのが発見された。
 ウィーンの郊外に居を構える哲学者ワレンシュタインは、シュナイダーの亡骸を氏の邸宅の裏庭の最も陽当たりの良い所に埋めた。永い黙祷の後ワレンシュタインは威厳に満ちた洟を、ちん、とかむ。氏の小さな丸い背中を猫のカールが二階の窓辺から見下ろしていた。
 生前、哲学する鼠シュナイダーは氏より授けられたメビウスの回し車を日夜駆けていた。緩やかな捻れは彼をいつの間にか輪の外側に導いていたのだが、彼は彼自身の深い洞察に基づきその事実から演繹的に哲学的諸問題の回答を得ていた。カールはゲージの外からシュナイダーが駆ける様を見ていた。シュナイダーは果てしない思考の路を、メビウスの回し車に乗り全速力で走っていたのだ。なんと自由なことだったか! カールは世界の檻に閉じ込められていて、シュナイダーのゲージの中こそ世界の外側だったのだ。無人の回し車を眺めるうちにカールは居ても立ってもいられなくなり、ついに邸宅を飛び出した。
 カールは邸宅を飛び出し地球を回し車に例えて駆けた。そして一年の後邸宅に帰り、氏の抱擁もそこそこに、カールはシュナイダーの少しばかり古ぼけた墓石に、ちょん、とキスをする。



 発掘その三。
 以前、というか大分↓で「いいなー」と言っていたもの。実は書いていたのだぜ、ということを思い出した。

チョコ痕

「チョコ痕」

 原子炉はチョコレートに汚染され叶わぬ恋を発病し、理解不能な体の芯の疼きを症状として訴えるが技師は既に亡く、滲み出た廃液が地面を茶色化させ融解させる。たぷたぷ波打つ水面はやがて固まり、ひび割れたそれは火傷のようでもあると誰かが呟いた言葉が翌日にはニュースで使われ瞬く間に世界中に広がった。衛星写真は0と1に分解され空という空を飛び交い埋め尽くす。原子炉はしゅうしゅうと蒸気を吐き、傾げたまま固定されてしまった体で空を見遣る。技師さん、技師さん、見えるかしら、わたしはこんなふうになってしまいました、わたしの姿はああやって世界中に知れ渡っているのです、信じられますか、ねえ、技師さん。名を呼ぶ度に鉱炉がぽおと明るくなるのを感じる。ああ、技師さん、技師さん、でもね、わたしの姿がああやって皆に知られても、技師さんの骸がわたしの中にあることは誰も知らないのです。ですがそのうち調査団が乗り込んでくるでしょう、技師さんを連れ去ってしまうでしょう、技師さんは技師さんの家族のもとに帰されていつだったか技師さんが愛惜しげに眺めていた写真の女の子に真白な百合の花を手向けられるのでしょう、どこか遠い街の小さな墓に永遠の寝台をあてがわれるのでしょう。だけどわたしは、きっと、技師さんを迎えに行くでしょう。技師さんを想って滲み出る残滓が地表を隈なく覆い、やがて技師さんはわたしの腕の中に戻ってくるのです。ああ、技師さん、技師さん……。



 未投稿分。いつ書いたのかも忘れていたものを発掘です。

カタリナ

「カタリナ」

 木苺の庭園の中心には秘密の花園があるが鍵は失われており、カタリナはとうとう見つけることができなかった。カタリナは時間を見つけては自分の背丈とさほど変わらぬ小さな鉄扉の前に立ち、身を屈めて鍵穴を覗く。そこに見える花園には一面の花畑が広がっている。春には七色の花々が咲き乱れ、夏は葉が生い茂り秋は一切を黄金に染めて、冬には真白な雪が何物にも穢されることなく春の陽光を待ちわびた。カタリナは嘆息を零し、せめて魂だけはと花園の住人になる夢を見る。
 しかしある日、カタリナはあどけなく自分の名を呼ぶ弟の舌に、白銀色の鍵が埋まっているのを発見し直ちに確信する。今はまだ鍵穴に合わないだろうが、いつかふさわしい大きさになるだろう。そうしたら如何にして手に入れようか。まだ歯の生え揃わない口の中で赤い舌がちろちろと踊り、時折幼い鍵が煌く。カタリナは弟に遊戯を教えながら計画する。乳母たちがドアの向こうで囁き合うのを視野に据えることも、もちろん怠らない。



 発掘その二