2019年1月24日木曜日

鍵のくに

 空から降り注ぐ無数の鍵が、一晩にわたって屋根や壁のすべてを破壊し尽くした後の朝。ぼくたちは瓦礫と鍵の底から這い出し、まずはお互いの無事を確かめあう。それから金色に輝く鍵たちを見回し、雲一つない空にぽつんと佇む銀色の扉を見上げる。これから始まる途方もない作業に辟易しつつも「よし」と気合を入れる。何事も始めなければ終わらないのだ。
 はるか遠い昔、世界が平らで創造主たる女神とぼくたちの祖先が同じ空の下で暮らしていた時代があったという。しかし祖先は何らかの理由で女神の怒りを買い、世界は階層状の構造に書き換えられて祖先と女神は隔てられたという。しかし慈悲深い女神は祖先を完全に見捨てたというわけでもなく、百年に一度、階層を跨ぐための鍵を我々に与え、いつかの未来にぼくたちと再び会える可能性を残してくれているのだという。
 これが真実の歴史なのか、途方もない作業への意味づけのための創作なのか、誰にもわからない。経緯が何であれ、結局のところぼくたちはこれまでの暮らしの全てを失ったし、こうなったからにはもう銀色の扉を開けられる唯一の鍵を探す以外のやるべきことがないのだ。そしていつかの遠くない未来にきっとぼくたちは言葉と感情を失い、女神が望む子供につくり変えられるだろう。



500文字の心臓MSGP2004、9th matchより。