2009年11月16日月曜日

もう寝るよ。

「もう寝るよ。」

 病んだ月は遠く離れたこの星からも明らかなほどに火照っていた。かと思うと急速に青白くなり、きゅっと身を縮こまらせ嘔吐する。じわじわと黄色だか緑だかわからない染みが濃紺の空を汚す。
「おかあさんを助けてください」
 月の子どもを名乗る双子が目の前に立っている。にやにやくすくす、手には銀色のお盆。他所で集めてきたであろう錠剤や医学書や破れたぬいぐるみや虫食いの林檎が乗せられている。「そんなこと知るもんか」。そう言って顔を背けると双子は、感じ悪い人だね、感じ悪ーい、と私に聞こえるように囁き合ってフッと消えた。

 もう寝るよ。
 丘の一本杉の下で寝袋に包まる。誰に言うわけでもない。さめざめとした月光が降り注ぐ。病んだ月光は雑菌を蔓延らせ、今や目視できるほどの胞子が飛び交っていた――昼方、麓の川で村の子らがヘドロに手を突っ込み奇形魚を獲っていたことを思い出す。もう皆、永くない。繁る菌糸が寝袋を徐々に絡め取っているのを感じる。死んだ雛の眼から茸が生えているのを見る。銀色の牛車が月に昇る。月が嘔吐する。その軌道に沿ってアメーバみたいな染みができている。瞼を閉じる。何ものにも侵されない闇が広がった。

��**

タイトル競作「もう寝るよ。」出品。○:2 △:2 ×:3
お粗末。誤字なんてなかった!

もう:諦念、既に~、「もういいや」「もうどうでもいい」「もう終わった」
寝る:睡眠を取る、目を閉じる(→目を背ける)
よ:語りかけ、形式的ではない心情吐露のような
。:ピリオド、おしまい、断定
という具合で分解して考えてみると、このタイトルからは「お手上げ」「諦めた」という雰囲気がプンプン臭ったので上のようなものが出来上がった次第。厭世的なのです。

2009年11月11日水曜日

空気より軽い氷の舟、鉄より重い泡の錨

「空気より軽い氷の舟、鉄より重い泡の錨」

 空のずーっと高いところに空気より軽い水が浮かんでて、私のおじいさんはプロペラ機に瓶を積んでそれを集めに行ったの。無味無臭で無色のそれは蛇口を捻れば出てくる水と同じように見えたけれど、空気よりずっと軽いから肉厚のガラス瓶程度ではすぐにぷわぷわ浮かんでしまうのよ。
 海のずーっと深いところに海水より重い泡が沈んでて、わたしのおかあさんは潜水艦に瓶を積んでそれを集めに行ったの。無味無臭で無色のそれは普段吸っている空気と同じように見えたけれど、鉄よりずっと重いから肉厚のガラス瓶程度ではすぐに内圧で割れてしまうのよ。

 時は満ちた。
 晴れやかなパレードに見送られて空気より軽い氷の舟はぐんぐん空の高い方へ登っていく。七色の風船群は遥か眼下に。
 普通の氷は水より軽くて空気より重いので、ちょうど二つの境目で浮くけれど、この氷の舟は空気より軽いので、空気の海の水面まで浮かべるはずなのだ。人類初の宇宙船だ。きらきらと氷の粉の尾を引いて、時速1700キロメートルでのんびり巡回する。
��けれど氷の舟が溶けてしまったら、あなたは地に落ちてしまう。そうなる前に、錨を下ろしなさい。私たちがあなたをこちらに引き戻してあげるから)

 甲板に溜った水を両手で掬って口に含むと、さっきよりぐっと体が軽くなった気がする。
 まだまだ終わらない。終わらせない。もったいないから。
 小指の先で泡の錨をもてあそぶ。その端を中指に巻き付けておこうか迷ってる。おしっこをして余分な水を抜いたらまた一段と体が軽くなった気がする。
 月が近づく。まだまだ終わらせやしない。

��**


むふふのふ。ふふふのむ。
じゃー、25で! 二番目の候補は18だったけれど、25で。