「チベ物語」
ある晩、門前の妖怪小僧はこのような夢を見た。牧草で満ちた緩やかな丘陵と一面の空、牧草を食む動物たち。その中で一人たたずむ精悍な顔立ちの青年は門前の妖怪小僧が見慣れぬ僧衣を着ていた。
他にも色々な経験をしたような気がするが、門前の妖怪小僧が目を覚ましたときに覚えていたのはこれだけだった。まだ眠たい目をこすりながら、しかし夢で見た青年の横顔だけがなぜだか忘れられずにいた。
「不思議なこともあるものだなあ」
門前の妖怪小僧は今日も聞きかじりの経を読み上げる。百年間読み続けているが、相変わらず意味はわからない。