2006年8月16日水曜日

三行日記197

 ラプンツェルと藤色が、妙にリンクして仕方なかったので調べてみる。
 ラプンツェル(=野萵苣):……淡青色の小花を密生する……
 ラプンツェルの物語にラプンツェルと名付けた人の気持ちがわからなくもない。 
 

2006年8月11日金曜日

屋根裏の皇女

 想い出の街にそうっと降り立ち、僕は歩行する。軒や木立が立ち並ぶそこは、一見すれば何でもない場所であるが、少し物陰を覗けば僕の想い出が淡い光を帯び、ゆったりとした呼吸のリズムで強弱に点滅しながらまあるく眠っている。石畳のくせにふわふわした地面に足を取られぬよう、僕は想い出の街を散策する。
 街のところどころに、針のように細い塔が建っている。その先端がぼやけてしまっているのは、そこがあまりに現在に近すぎて過去になりきれていないからだ。
 塔に近付いてみて、それがとても危ういバランスで建っていることを知る。僕の腕の長さの十倍もないそれはもちろん人ひとりが入るのが精一杯で、ちいさな暗がりから侵入すると、窮屈な感覚が遠い昔に形作られた想い出の片鱗をくすぐり、そういえばそんなこともあったっけと思い、それから想起される感情を想い出そうとしてキインと頭が痛む。暫しの目の眩みをやり過ごすと、光源不明の灯りに塔の内部が照らし出されていた。内壁に沿うように螺旋階段が上へ上へと続く。僕は全ての想い出を取り戻さなければならない。だって貴方のものでしょう、甘く優しい声の記憶が右耳の傍で再生される。それが心地よくて、僕は目を瞑る。僕は未熟なので視覚を閉じなければイメージを創造できないのだ。頭の中に仕舞われた記憶から彼女を想い出し、僕の背後に再配置する。肩までかかる栗色の髪、整った目鼻……彼女の隅々まで再現できたことで、僕は完全に彼女を内包できていたことを確認し、安心する。
 抜け殻を引き連れて上るうちに僕は塔を抜け出す。塔と塔を繋ぐのは細い蜘蛛の糸のような回廊で、梁の真ん中で僕らは二人の想い出の境界を見る。さながら国境とも呼べるその境界の天辺で幾つかの塔の先端が淡く蕩けあい、また空高くへ伸びて硝子の天蓋へ侵入しているのだ。あそこが未だに想い出になりきれていない箇所であり、同時にこの想い出の街から抜け出られる唯一の場所である。一番新しい想い出は自身が想い出であることを自覚できないので、曖昧な姿かたちのまま現在の端っこにぶら下がり、服のほつれた繊維のようにふらふらしながら未来まで付いていこうとするのだ。いつか自覚するころにはすっかり立派な想い出として鎮座しているのだが。
「想い出って可愛いのね」
 彼女はかつてそうしたように、くすくす微笑む。

 *

 長い旅路の末に木を軋ませて梯子を上ると、埃っぽい屋根裏の隅で皇女が眠っている。僕はその傍らに座り、彼女が想い出の街を抜け出して現在に追いつくのを待っている。
 天窓から差し込むのは夕陽の絶望的な朱色。悪魔の両翼のような雲の影が地上を覆うときだけでも、僕が彼女を護りたいと思う。




 書きたいなー、と思っていたら書いてしまった。てへ。
 トーナメント3ROUNDも楽しみですねぇ。いやはや。

2006年8月10日木曜日

グッドニュース、バッドニュース

 赤黒い花弁が敷き詰められた平野の真ん中に、針のように細く高い銀色の塔が建っている。
 西空の最後の星が輝きを失ったとき、塔の最上階に女王は現れた。押しかけた臣民は動揺を隠せずにはいられない。
 女王は息を整える。唇の震えを無理矢理抑えこむ。永い沈黙の果てに言葉を発しようとした刹那、凶刃が女王の首を刎ねる。
 遅れて昇った太陽は女王の閉ざされた瞼を、背後の英雄の凛々しく精悍な顔を照らし出した。
 臣民は固唾を呑み、英雄の第一声を待っている。



 息継ぎ息継ぎ
 相も変わらずタイトルからは遠いわけでして。