2009年10月25日日曜日

記憶

「記憶」

 繰り返される時の中で僕らは何度も出会い、何度も恋に落ちる。今まで百回出会って九十九回好き合った。けれどただの一回だけ、僕らは他人のままだった。理由はわからない。お互いどうしようもなく調子が悪かったということにしている。暗黙のこととして僕らはあの一回のことには触れない。代わりに僕らはあの一回を埋めるためだけに千回も万回も巡り合う。

��**

というセンチメンタリズム。

2009年10月21日水曜日

雨と花と鳥

「雨と花と鳥」

 一
 春雨がしとしとと降っている。庭先の梅が紅く紅く白い雨の中で際立つ。ぴちゅ、ちゅん、と畳の暗がりの鳥籠より鳴き声が。主のない屋敷にしとしとと雨が降る。

 ニ
 雷鳴轟く豪雨の中を一対の翼が鋭く駆け抜ける。ようやく辿り着いた梢で鳥は嘴で毛づくろいをする。その足元には雨粒に叩き落とされた花弁が泥にまみれていた。鳴き声を雷が掻き消す。

 三
 ざっと降ったかと思うとぱっと晴れる。変な天気だ。青空と雨雲はちょうど市松模様。サイコロ型の花が花壇に並んでいる。四角い鳥が飛んでくる。軒先に留まって翼を畳むと、いよいよ完璧な立方体になった。どうも新しい眼鏡はおかしいらしい。

 四
 黒い鳥は世界で最後の花の種を盗んだ。種は人間で言うところの赤ん坊なので口をきくことができないけれど、黒い鳥は親切な雨に頼んで栄養たっぷりな雫を花の種に分けてもらった。黒い鳥は花の種を嘴で優しく加えて空を飛ぶ。世界の果てへ。その背中を親切な雨が見送る。やがて発芽した花の種。「ぼくに構うことはないよ」。黒い鳥がそう言うとようやく花の種はそろそろと黒い鳥と舌に根を下ろす。ちくりと痛んだけれど、同時にそれは喜びだった。
 花の娘は長い旅の中で成長していった。嘴に葉を掛け未だ膨らむ兆しのない蕾をピンと伸ばして、黒い鳥と同じ目線で世界の果ての果ての果てを見る。もう何もない。まだ何もないがある。何もないがないような果てへ。
「ずいぶん遠くまで来たね」
「けれどまだまだだ」
 黒い鳥は娘の母の言葉を思い出す――今生では添い遂げられそうもないけれど、私はいつでも私なのです――ニンゲン共にむしり尽され最後に残った種を託された。行けるところまで。黒い鳥は命を削って空を飛ぶ。

 明くる日とうとう黒い鳥は力尽きた。舌に根を張る花が大人になる。
��あなたは私の中に)
��私はあなたの中に)
 雨は遠く。

��**

ちょいと前の話なのですが、超短編の世界(vol.2)に参加させてもらっています。
スポ根青春モノの超感動掌編です。たまねぎと人生と野球です。


2009年10月6日火曜日

ビー玉遊び

「ビー玉遊び」

 歩いたこともない路地を行くとやがて一軒の家の前に出る。広い庭にはお池と飛び石があり、ぽつねんと石燈篭が立っている。振り向けば道はなく、あるのは石垣である。
 開け放たれた縁側からカツン、カツン、とビー玉を弾く音がする。それがビー玉とわかったのはなぜだかわからない。しかしそれはビー玉だった。ごめんくださいと言おうとして声を失っていることに気付いた。
 縁側に膝を乗せて中を伺うと、果たして障子の奥から件の音がする。靴を脱ぎ、音を立てぬようそっと障子を開く。薄暗い部屋で五つか六つくらいの幼い娘がビー玉弾きをしているのを見つける。七五三でするような、真っ赤な着物に白粉と口紅という装いである。憮然とした表情で娘はビー玉を弾く。並べられたビー玉は全部で十。陽に透かせば綺麗なのだろうけど部屋は薄暗いのでやはりわからない。
 ビー玉の一つがころころとこちらに転がってくる。娘の視線は転がるビー玉を追い、それが障子にこつんとぶつかると今度は対象が障子の隙間に移る。窄まった蕾が潤い頭をもたげるように徐々に視線は這い上がっていく。目が合う。にたっと笑う。とても愛らしい。
��ビー玉遊びは楽しいかい?)
 唇だけを動かして訊ねる。
��おじさんも一緒に遊びましょうよう)
 娘はにたっと笑った顔のまま目でそう言った。
 娘とビー玉を挟んで向かい合う。娘が奥から持ってきた分と合わせてそれは全部で三十ある。手持ちはそれぞれ三つ、残りの二十四は畳の上に散らせてある。ルールは簡単で、お互い交互に手持ちのビー玉を弾き、散らしたビー玉にぶつかればそれは取り分となる。弾いたビー玉が別のビー玉にぶつかればそれも取り分だ。ビー玉を弾いて当たらなければそれは損失で、盤上の的が一つ増えるだけである。最終的にビー玉の数が多い方が勝ちというものだった。
 娘の先行でゲームが始まる。娘は恐ろしく強かった。瞬く間に盤上のビー玉を掠め取っていく。だが最後の一個になったところで娘は突然攻撃の手を緩める。だからといって私が巧くなるわけでもないので、私が一個損する度に娘がそれを弾いて取り分とすることが繰り返された。娘は決して最後の一個を取らない。かくして私は手持ちのビー玉を全てなくしてしまう。娘は二十八個のビー玉を膝上に乗せている。そんなゲームを八度繰り返す。全敗だった。たった一度でも勝てれば全ての負けが取り返せるはずだった。しかし娘は必ず最後の一個を残したし、私はそれを取ることができなかった。だが九回目にして私はようやく最後の一回で最後の一個を弾くことに成功する。
 娘の顔を見る。
 娘はにたっと笑っている。
 私は路地の入り口に立っている。路地に入るか入らないか迷っている。

��**

何かに出そうと思っているうちに没ったもの。
ドグラマグラ式無限ループは読むのも書くのも食傷気味な感があるのだよな。

螺旋街

「螺旋街」

 夕闇に紅い星が燦々と瞬く。夜の帳に散らした赤点の下で街は密やかに息づいている。蒸気機関の唸り声はくぐもり、男たちは山から帰り、女子供は家で主の帰宅を待っている。
 初めは一つの穴だった。何もない平地の一点に穿たれた穴は大人の拳一つ分ほどで、そこに創造主は命の種を撒いたのだった。やがて種は二つに分かれ、発芽すると瞬くうちにそれらは成長を始める。穴の中心を対称点として命は旋回しながら土を喰らい、その体を成長させていった。命は一対の男女になる。仰げば出口は光の一点となるほどに空は今は遠い。土でできた体をなで合いながら男女は井戸のような竪穴を横に広げていく。七人の子ができた。子らは乳を吸わずに土を喰らって育つ。洞穴の中心を対称点として旋回する。擂り鉢のような窪地を作る。空間はすべて彼らが食事の跡である。そのようにして窪地を作り終えると二人の男女と七人の子はの端で石になる。
 数百年の後に宗教家が信徒を連れて窪地に至る。文明が興る。碁盤の目のような街並みは年月を経る毎に街の中心を対象点として捩れる。歪む。時計回りに。街の中心には誰もたどり着けない。捩り上げられた街に縦横無尽に突き立てられた鉄の管はホルンのように渦巻き、蒸気が立ち昇って空を濁す。

��**

タイトル案より

笑い坊主ver.2

「笑い坊主ver.2」

 ひょいと暖簾を潜って現れたこの男、笑い坊主である。それに気付いた者が一人、また一人、男を取り囲んであっという間に笑い坊主は店の中心に立たされる。
「おっとバナナの皮が! おっとバナナの皮が! おっとバナナの皮が!」
 すっ転んでのたうち回ってみせる笑い坊主、客が腹を抱えて笑っているうちにいなくなる。何が可笑しかったのか思い出せる者はいない。

��**

没その2
∵所在無さ故、そこはかとない頭蓋骨臭