2009年10月21日水曜日

雨と花と鳥

「雨と花と鳥」

 一
 春雨がしとしとと降っている。庭先の梅が紅く紅く白い雨の中で際立つ。ぴちゅ、ちゅん、と畳の暗がりの鳥籠より鳴き声が。主のない屋敷にしとしとと雨が降る。

 ニ
 雷鳴轟く豪雨の中を一対の翼が鋭く駆け抜ける。ようやく辿り着いた梢で鳥は嘴で毛づくろいをする。その足元には雨粒に叩き落とされた花弁が泥にまみれていた。鳴き声を雷が掻き消す。

 三
 ざっと降ったかと思うとぱっと晴れる。変な天気だ。青空と雨雲はちょうど市松模様。サイコロ型の花が花壇に並んでいる。四角い鳥が飛んでくる。軒先に留まって翼を畳むと、いよいよ完璧な立方体になった。どうも新しい眼鏡はおかしいらしい。

 四
 黒い鳥は世界で最後の花の種を盗んだ。種は人間で言うところの赤ん坊なので口をきくことができないけれど、黒い鳥は親切な雨に頼んで栄養たっぷりな雫を花の種に分けてもらった。黒い鳥は花の種を嘴で優しく加えて空を飛ぶ。世界の果てへ。その背中を親切な雨が見送る。やがて発芽した花の種。「ぼくに構うことはないよ」。黒い鳥がそう言うとようやく花の種はそろそろと黒い鳥と舌に根を下ろす。ちくりと痛んだけれど、同時にそれは喜びだった。
 花の娘は長い旅の中で成長していった。嘴に葉を掛け未だ膨らむ兆しのない蕾をピンと伸ばして、黒い鳥と同じ目線で世界の果ての果ての果てを見る。もう何もない。まだ何もないがある。何もないがないような果てへ。
「ずいぶん遠くまで来たね」
「けれどまだまだだ」
 黒い鳥は娘の母の言葉を思い出す――今生では添い遂げられそうもないけれど、私はいつでも私なのです――ニンゲン共にむしり尽され最後に残った種を託された。行けるところまで。黒い鳥は命を削って空を飛ぶ。

 明くる日とうとう黒い鳥は力尽きた。舌に根を張る花が大人になる。
��あなたは私の中に)
��私はあなたの中に)
 雨は遠く。

��**

ちょいと前の話なのですが、超短編の世界(vol.2)に参加させてもらっています。
スポ根青春モノの超感動掌編です。たまねぎと人生と野球です。


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