2009年10月6日火曜日

ビー玉遊び

「ビー玉遊び」

 歩いたこともない路地を行くとやがて一軒の家の前に出る。広い庭にはお池と飛び石があり、ぽつねんと石燈篭が立っている。振り向けば道はなく、あるのは石垣である。
 開け放たれた縁側からカツン、カツン、とビー玉を弾く音がする。それがビー玉とわかったのはなぜだかわからない。しかしそれはビー玉だった。ごめんくださいと言おうとして声を失っていることに気付いた。
 縁側に膝を乗せて中を伺うと、果たして障子の奥から件の音がする。靴を脱ぎ、音を立てぬようそっと障子を開く。薄暗い部屋で五つか六つくらいの幼い娘がビー玉弾きをしているのを見つける。七五三でするような、真っ赤な着物に白粉と口紅という装いである。憮然とした表情で娘はビー玉を弾く。並べられたビー玉は全部で十。陽に透かせば綺麗なのだろうけど部屋は薄暗いのでやはりわからない。
 ビー玉の一つがころころとこちらに転がってくる。娘の視線は転がるビー玉を追い、それが障子にこつんとぶつかると今度は対象が障子の隙間に移る。窄まった蕾が潤い頭をもたげるように徐々に視線は這い上がっていく。目が合う。にたっと笑う。とても愛らしい。
��ビー玉遊びは楽しいかい?)
 唇だけを動かして訊ねる。
��おじさんも一緒に遊びましょうよう)
 娘はにたっと笑った顔のまま目でそう言った。
 娘とビー玉を挟んで向かい合う。娘が奥から持ってきた分と合わせてそれは全部で三十ある。手持ちはそれぞれ三つ、残りの二十四は畳の上に散らせてある。ルールは簡単で、お互い交互に手持ちのビー玉を弾き、散らしたビー玉にぶつかればそれは取り分となる。弾いたビー玉が別のビー玉にぶつかればそれも取り分だ。ビー玉を弾いて当たらなければそれは損失で、盤上の的が一つ増えるだけである。最終的にビー玉の数が多い方が勝ちというものだった。
 娘の先行でゲームが始まる。娘は恐ろしく強かった。瞬く間に盤上のビー玉を掠め取っていく。だが最後の一個になったところで娘は突然攻撃の手を緩める。だからといって私が巧くなるわけでもないので、私が一個損する度に娘がそれを弾いて取り分とすることが繰り返された。娘は決して最後の一個を取らない。かくして私は手持ちのビー玉を全てなくしてしまう。娘は二十八個のビー玉を膝上に乗せている。そんなゲームを八度繰り返す。全敗だった。たった一度でも勝てれば全ての負けが取り返せるはずだった。しかし娘は必ず最後の一個を残したし、私はそれを取ることができなかった。だが九回目にして私はようやく最後の一回で最後の一個を弾くことに成功する。
 娘の顔を見る。
 娘はにたっと笑っている。
 私は路地の入り口に立っている。路地に入るか入らないか迷っている。

��**

何かに出そうと思っているうちに没ったもの。
ドグラマグラ式無限ループは読むのも書くのも食傷気味な感があるのだよな。

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