2007年8月28日火曜日

愛玩動物

「愛玩動物」

 残った時間を指折り数えると男はオルガンを構えた。指で鍵盤を踏むとき、男はピアノを想像する。それは鏡のように艶やかな黒色だ。場所は美しい浜辺でピアノは浅瀬の中に立ち踝は水影にゆらめく。空は果てしなく陽光は鋭く。網膜を透ける光は赤く。
 男がピアノを弾いていると、山のほうからポメラニアンたちがかけてくる。彼らは濡れるのも躊躇わず飛び込み、一様に男の後ろで横一列に並ぶ。弦の本数に等しい数で。きちんとお座りの姿勢でいるが尾の動きだけは不統一で、ばちゃばちゃと飛沫が飛ぶ。陽を受け煌く様はさながら火の粉。
 ピアノの弦は犬の毛で出来ている。複数の毛を縒り合わせて作っているのだ。男が弦を叩くたびどこかの毛が擦り切れ、やがて張力に耐えられなくなり途切れると、蓋の合間から黒く縮れた毛先が一本また一本と飛び出す。和音。わおん。途絶えたきりもう二度と鳴かない。
 全ての弦が切れてしまうと男はオルガンを立ち、傍らの愛犬の体を抱いた。間もなく壁を突き破った炎があつい舌で男を舐める。湿っていないのは何故か。
 虚ろに指を這わせ、愛犬の口をこじ開け舌を引き出し理由を知る。しかしもはや瑣末な話でしかないのだが。



 第69回タイトル競作「愛玩動物」に出品。○…1、△…1、×…4でめでたく逆選王になりました。
��しかしこれが逆選王でいいのかといいのかと今更ながら激しく悶絶)

 一箇所に口内炎が二つ隣接して、患部が三角形に盛り上がっている。や、いっそ同居してくれればよいのだけども。それはそれで痛いからイヤだ。

 なんかそこいら中でbk1怪談大賞の話が盛り上がってて、置いてけぼり感を喰らってたりする。くすん。そんな話聞いてねーよー……。

2007年8月14日火曜日

ヘブンズドア

「ヘブンズドア」

 砂利が敷き詰められた部屋を走る線路が、ある一点を境に裏返り捩れ宙へ当て所なく伸びている。男は煙草の火を踏み消すとその先を見上げた。並行を保ったまま迷走する二本のレールは鼠色に鈍く光り、灰色の壁と同化している。一体誰がこんな下らないものを作ったんだろう、古代の蛮族だってこれほどつまらない宗教は持たなかっただろうに。
 壁で遮断された線路の向こうから汽笛の音が聞こえる。レールの振動に合わせて枕木がかたかたかたかたかたかたかたかた地から空から音が交差する。男はこの先に行くことは求めていなかった。
 間もなく列車が壁を突き破り瓦礫を撒き散らすのと同時に床が抜け、ばらばらと灰色の砂利が、灰色の瓦礫が、灰色の男が落ちていく。疾走する車両の前から五両目、窓から身を乗り出す誰かの顔は彼方の天のまばゆい光の影になって全く見えない。





 塩野七生のローマ人の物語をがりがり読む。カエサルかっこいいよカエサル。

 集英社のナツイチのハチストラップが集らない。全九種類(女王バチ含)のうちの四種類まで集めたのに。買えども買えども種類が被る。販売戦略に乗せられたっていいじゃあありませんか、可愛いんだもの。白とオレンジの浮き輪に嵌りながら本を読んでいるのが頗る可愛い。和。

 この頃の食事の半分は果物だったりする。桃に梨にキウイにリンゴに、もう、ほっこり。特に桃は剥くと手が汁でべったりになるので、後になっても手に匂いが残ってて何だか得した気分。香水の代わりになるん? ならんか。

2007年8月13日月曜日

突然の訪問客

「突然の訪問客」

 やァどうもこんにちは今日も暑いですね、と年齢に見合わぬ口調で男の子が言うので、どうしたものかと玄関前で思案投げ首した。つばの長い麦藁帽やオレンジのシャツから生える手足はゾッとするほど白く、きりきりぎりぎりと鳴く蝉、肌に照り返る日光、揺らめく陽炎、その中で男の子のいやにくっきりと真ん丸の黒目から目が離せない。ぼく、と呼びかけて良いものか。
「郵便局の方から歩いてきたンですけどね、いやァ暑い暑い、たまりませんな」
 うわっはっはっは。とはしかし笑わない。男の子は無機質な黒目で私を射止めつつ、お茶を一杯いただけませんかね、と微笑んだ。

 男の子はダイニングテーブルに掛け、麦茶をストローで吸っていた。傍らには麦藁帽。足は床に届かないのでぶらぶらと交互に揺れ、時折氷がカランと鳴る。午後四時の天気予報は今宵も熱帯夜であると告げた。
「や、ご馳走様でした。ながい時間お邪魔するのもアレなンでそろそろお暇させていただきますね」
 麦藁帽を鷲掴みにして床に下り、とことこと玄関へ行く。新品のスニーカーを履き、ドアを開ける間際、麦茶美味しかったですご馳走様、私の返事を待つことなくまだ早い夕暮れの中を男の子は郵便局の方へ歩いていった。
 男の子の背中が見えなくなりドアを閉めた後も、玄関に溜まった生温い空気は消えない。


2007年8月3日金曜日

何の音だ

「何の音だ」

 夕焼け茜空の雑踏を歩いていると周囲の景色が加速的に色褪せ、比例して人々の動きが鈍くなる。くたびれたサラリーマンが、
「会社に戻リ……マ……」
 一切が既に灰色。人も風も雲も流れない。
 彼方の一番星が瞬くことを忘れ、コトリと地表に落ち転がってくる。僕はビー玉みたいな一番星を拾い、しげしげ眺めていた。
 そのときだ。
 ギイイイイ、とぜんまいを巻くような音がしていびつな鳥が現れた。あんな捩れた体躯でどうして飛べるのだろう。鳥は頭上をゆっくりと旋回し、ギイイイイ、ひどく耳障りな声で鳴いた。
 鳥が世界のぜんまいを一つ巻くたびに、空を埋め尽くす透明な歯車やシャフトが、ぎし、と軋む。微かに揺らぐ陰影。迫る雲や周囲の人々がぴくりと胎動を繰り返し、僕もまたそうだった。手や歯に仕込まれた精緻な仕組みがかちりと噛み合う振動。駆動するナノの歯車、機械仕掛けの思考。
 ぜんまいを目一杯巻くとねじまき鳥は去った。間もなく辺りは元通りになる。
「……せん、もう一件行ってきます!」
 心なしか何もかもが溌剌としている。

 翌朝、ニュースで金星が消失したと聞いた。ビー玉みたいな金色の一番星とテレビを交互に見比べ、慌てて空に投げ返す。




 競作「何の音だ」に出したもの。○×1 ごちでした。印をつけようか迷うくらいなら付けちゃえばいいのにー。なんて。
 500文字という物理的制限があると、どうしても書く出来事の取捨選択を迫られる。僕としては起こった出来事は全部書きたいので、演出もそれに合わせる感じになるけど、やっぱり如何せん無理がある。二回に分けてしまえばいいんだろうけど、一回描かないという選択したものをもう一度描く機会があるとは限らないわけで、永遠に日の目を見ないかと思うと勿体無くて盛り込んでしまう。悪い癖。直さにゃ。

 テストも終わり晴れて夏休み。それが終わったらいよいよ就活なのだけども、どうするか根本から迷っている。さてさて。
 頭痛。