2009年9月29日火曜日

デジャヴ

「デジャヴ」

 ありもしない記憶を思い出しかける。

 身に覚えのないデジャヴ。
 記憶の糸を遡っていくけれどとうとう件の記憶が見つからないうちに端に辿りつく。

 あれは誰だったのだろう。

 首を傾げながら来た道を戻っていく。
 かつてそんなことがあったのかもしれない。


 ありもしない記憶を思い出しかけた記憶を思い出しかける。

 身に覚えのないデジャヴ。
 記憶の糸を遡っていくけれどとうとう件の記憶が見つからないうちに端に辿りつく。

 あれは誰だったのだろう。

 そんな往復運動ばかり繰り返している。
 記憶にない思い出ばかりが積もり、思い出せないことが忘れられなくなる。それもいつか思い出せなくなるのかもしれないけれど。

2009年9月26日土曜日

命題

「命題」

 簡潔な文章は美しい。




��**

英語にすると四語。

笑い坊主(ver.1)

「笑い坊主」

 笑い坊主が笑っている。

 笑い坊主が腹を抱えて笑っている。

 うら若い笑い坊主が腹を抱えて笑っている。

 うら若い笑い坊主が法廷で腹を抱えて笑っている。

 うら若い笑い坊主が法廷で被告を指差し腹を抱えて笑っている。

 うら若い笑い坊主が法廷で殺人罪の被告を指差し腹を抱えて笑っている。

 うら若い笑い坊主が法廷で殺人罪の被告を傍聴席から指差し腹を抱えて笑っている。

 うら若い笑い坊主が誰も笑わない法廷で殺人罪の被告を傍聴席から指差し腹を抱えて笑っている。

 うら若い笑い坊主が誰も笑わない法廷で被害者に陳謝する殺人罪の被告を傍聴席から指差し腹を抱えて笑っている。

 目元に隈を浮かべたうら若い笑い坊主が誰も笑わない法廷で被害者に陳謝する殺人罪の被告を傍聴席から指差し腹を抱えて笑っている。

 目元に隈を浮かべたうら若い笑い坊主が誰も笑わない法廷で被害者に陳謝する殺人罪の被告を傍聴席から指差し涙を浮かべ腹を抱えて笑っている。

 目元に隈を浮かべたうら若い笑い坊主が誰も笑わない法廷で被害者に陳謝する殺人罪の被告を傍聴席から指差し涙を浮かべ腹を抱えていつまでも笑っている。


��**

というやり方をやるならよほど上手くやらなきゃいかんなあー。
と思ってるうちに九月も終わろうとしている今日この頃。時の流れって残酷なのね。

選評はぜひ九月中に@できたらいいなあ


そういえば

20090902215446.jpg

だいぶ前になるのだけども、bk1怪談大賞の副賞が届いた。
今年は何かしらんと届いた荷物を紐解いてみたら出てきたもの。
あまりに艶やかなのでこの世ならぬものが映ってるけど気にしない。

ちなみにこの子、『幽のみ』と呼ぶそうな。

んー……。
ダジャレかよ!!!!!

��**

という辻さん@bk1のセンスとその感動のお裾分け。
良いものを頂いたものです。にやにや。

2009年9月4日金曜日

名前はまだない

「名前はまだない」

 親方さまに拾われてから早三ヶ月、みんなあたしに良くしてくれるけれど、ときどきあたしの方をちらりと見て目を背けるのが気になっていた。
「ねえ親方さま、あたしはここにいちゃいけないの?」
「馬鹿言っちゃいけねえ、おめぇはおれたちの大事な家族だ」
 親方さまはがはははと笑いながらあたしを抱き寄せる。その汗臭いぼろ服にぎゅっとしがみつく。
 みんな名前を持っている。親方さまは、親方さま。料理頭は、料理頭。小間使いたちは、寝床の、厠の、厩の、という冠をつけて区別される。けれどあたしに名前はなくて、みんなお前や小娘と言って呼ぶ。それは名前ではない。名前が欲しくていっぱい仕事を探したけれど、この小さな共同体で余ってる仕事などないからあたしの名前はいつまで経っても見つからない。
 例えば火事になったとする。みんなは逃げる。おおおい、と名前を呼び合い無事を確認しあう。けれど名前のないあたしは誰にも呼ばれることなく死んでしまう。
 姫さまは泣きじゃくるあたしの背を擦って、大事なのは名前の有無じゃない、と慰めてくれる。でもそういうことじゃないの。そう言おうとするが嗚咽に飲み込まれてしまい結局何も言えなくなる。

��**

タイトル競作「名前はまだない」
○:1 △:1 ×:1
三色揃い踏み。脳内亭さんの舌打ちを引き出し、瀬川さんのピュアなハートを鷲掴みにし、さかな兄ちゃまの寵愛を賜ったので上々ではないかと。

最初に書き上げた時は「あたし」を泣かせすぎてしまったので没にする予定だったのだけども、こういう物語ることを手放したものを出したことってしばらくなかったよなあ、と思い直して出してみた。
タイトルが「名前は“まだ”ない」であるおかげで救いのある話になるだろう、という期待を込めて。
「名前はまだない」ということはいずれ名前が獲得されるだろうということであって、それは客観的な保証かもしれないし主観的な期待かもしれないけど、いずれにしても悪い方向には転ばないことを予感させる一句だと思う。

結局sunaba作予想は大外れ。そうかー、mokuseiだったか。
すべてが明らかになってから「なるほどそうきたか」と思う。いつものことだけども。




優れた名前はそれ一つで数多の物語を引き連れ世界を構築する。優れた名前はそれ単体で偉大な魔法となる。
たとえば、「山本由美子」。
あなたが「山本由美子」とまるで縁のない人ならば、あなたの認識の中では、「山本由美子」は真っ暗闇に一人ぽつんと佇むのみである。「山本由美子」はその類の名が付される対象に関するあなたの経験的な判断からかろうじて一人の日本人女性と予測できるだろう。だがそれだけだ。
ところが「山本由美子」があなたの親友であるならば、あなたの中で「山本由美子」は数多の物語を引き連れて世界を構築する存在に変わる。あなたは「山本由美子」をあなたの目線で見る。「山本由美子」の周りにはあなたと「山本由美子」の共通の知人がいる、あなたと「山本由美子」の文脈を構築した環境がある、あなたと「山本由美子」が積み重ねた歴史がある。あなたと「山本由美子」の間にはいくつもの物語があったし、もしもあなたと「山本由美子」がこれからも良き友人であり続けるならば未来永劫物語は無尽蔵に創られていくだろう。
「ハリー・ポッター」と聞いて物語を連想する人はいても「ヘンリー・パター」と聞いて物語を連想する人は少ない。
最も素晴らしい名前Xがあるとする。
��は最も素晴らしい名前なので他のいかなる名前(Y、Z等々)よりも多くの物語を引き連れてあなたの手のひらに飛び乗り、いかなる名前よりも幅広く深遠な世界を構築してみせる。Xは最も素晴らしい世界の中心に鎮座する王様である。あらゆる物語はXに端を発し、放射状に拡散していく。その途上にバベルの図書館が建築される、ノアの箱舟もアメリア・エアハートも惑星冥王星もクトゥルフ神もある。
��はあらゆる文脈を内包する。
あらゆる文脈を圧縮するとXという一語に置き換えられる。
あなたがあなた自身の名前を呼んでも、あなたの名前はあなたが今まで知りえた、理解しえた物語しか伝えることができない。Xはそれよりもはるかに偉大なのであなたの知らないこと、知りえないことも含んでいる。ただあなたが理解できないだけで。
自身の名前を限りなくXに近づけることはできてもXに辿りつくことはできない。
両親の間に生まれたあらゆる人間はXへ近づく自由を持つ。それは「よーい、ドン」で始まったレースなのかもしれないし、そうでないのかもしれない。しかし無数にいる赤子のうちのごく一部が言葉の魔法に気づき、うまく扱おうと試みてその深遠さに打ちひしがれる。
��は未だ体現されない。
宇宙の外にXはある。