2007年4月30日月曜日

アルデンテ

「アルデンテ」

 この混沌たる部屋が証明するように宮内さんはとてもずぼらな人なのに、アルデンテを作ることだけに関しては世界中の誰よりも正確無比にやってのける。「毎度のことながら見事な御手前で」ふふん、と鼻の下を伸ばす宮内さん。「部屋ももっと綺麗にすればいいのに」「アルデンテだけは特別なんだ」「なんで?」「なんででも、ところでさ」そっけなく話を逸らすのはいつものことで宮内さんは部屋の隅から地図を引っ張ってくると、今度ここに新しい店が出来るらしいんだよね、と楽しそうに話す。ちゅるりと麺の先っぽで円を描いて宮内さんに肩を寄せると、仄かに煙草の匂いがした。テレビはさっきからずっと映像と音声を垂れ流していた。風に微かに湿気が混じり始める五月の終わり、私たちは片田舎の安アパートにいる。なんて、奇跡。その偶然性を自覚してくらくらと眩暈を覚えることが時々ある。「じゃあ今度の週末」「いつもの場所で」ニッと宮内さんが笑うので私もそうすると「ノリが付いてる」唇を閉じる。「早く食べないと伸びるぞ」と促されて私は食事に戻る。ちらりと上目遣いでテレビを見ると、イタリアの町並みが映る。アコーディオンがどこかで奏でられるローマの広場に二人で立つときを想像するが、宮内さんなら「面倒臭い」の一言で一蹴するだろう。




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