2007年4月7日土曜日

メビウスの輪に唇を

「メビウスの輪に唇を」

 ある朝、鼠のシュナイダーが彼の小屋の中で固く冷たくなっているのが発見された。
 ウィーンの郊外に居を構える哲学者ワレンシュタインは、シュナイダーの亡骸を氏の邸宅の裏庭の最も陽当たりの良い所に埋めた。永い黙祷の後ワレンシュタインは威厳に満ちた洟を、ちん、とかむ。氏の小さな丸い背中を猫のカールが二階の窓辺から見下ろしていた。
 生前、哲学する鼠シュナイダーは氏より授けられたメビウスの回し車を日夜駆けていた。緩やかな捻れは彼をいつの間にか輪の外側に導いていたのだが、彼は彼自身の深い洞察に基づきその事実から演繹的に哲学的諸問題の回答を得ていた。カールはゲージの外からシュナイダーが駆ける様を見ていた。シュナイダーは果てしない思考の路を、メビウスの回し車に乗り全速力で走っていたのだ。なんと自由なことだったか! カールは世界の檻に閉じ込められていて、シュナイダーのゲージの中こそ世界の外側だったのだ。無人の回し車を眺めるうちにカールは居ても立ってもいられなくなり、ついに邸宅を飛び出した。
 カールは邸宅を飛び出し地球を回し車に例えて駆けた。そして一年の後邸宅に帰り、氏の抱擁もそこそこに、カールはシュナイダーの少しばかり古ぼけた墓石に、ちょん、とキスをする。



 発掘その三。
 以前、というか大分↓で「いいなー」と言っていたもの。実は書いていたのだぜ、ということを思い出した。

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