「その日、目が覚めてからメロンパンを食べるまでの出来事」
ベッドからメロンパンのあるテーブルまで、直線距離でおよそ二メートル。一瞬のタイミングで全てが決まる。体を反転させ、その勢いをバネにして布団を蹴り、一歩で踏み込みメロンパンを掴み取る。それ自体は決して難しいことではない。一、二、三。タイミングさえ外さなければ。
夢の中で何度もシミュレーションを繰り返し、その瞬間を待つ。その瞬間とは、あるときは目覚まし時計で、あるときは新聞を投げ入れる音で、またあるときは朝帰りの大学生の嗚咽だ。何が合図なのかわからないのはお互い様だけど、僕らはそれが合図だと間違いなくわかるのだ。
ぶへっくしょい、とお隣さんのくしゃみ。
お隣さんが鼻を啜る前に駆けだした。一、二、三。二メートルを一歩で埋める手を伸ばす。勝った、と思ったその間際、指先を掠めてメロンパンが逃げていく。カメよろしく四本の足を生やし、のそりと追撃を避けたのだ。(たしかに甲羅っぽいかもしれないけど!)と僕はいつも呆れてしまう。神様のナンセンスなジョークというやつだ。ご丁寧にも彼は毎朝メロンパンに命を吹き込んでくれる。癪なので僕もつい真っ向勝負を仕掛けてしまうのだ。
こうなってしまったら、後はアキレスとカメよろしく追いかけっこをする他ない。決して埋まり切らない差を埋め続けるのだ。ただの一度でも秒針が動いてくれれば追いつけるのに。
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なんて楽しいタイトル案なんだ! と思い嬉々と書いてしまいましたことよ。
生存報告。