2006年4月15日土曜日

眼球

 その人形師の屋敷は深い森の奥にあった。
 傾いた鉄の門は軋み、屋敷を囲む森から鳥が羽根を撒き散らしながら飛んでゆく。驚き振り返って仰ぎ見る空はまだ暗い。のっぺりとした暗闇が屋敷に重くのしかかっていた。
「こちらです」
 と人形師は玄関から三階へ案内してくれる。
 掃除の行き届いた白石の床に淡い蝋燭の小さな明かりが落ちている。等間隔にならんだそれはずっと遠くまで続いているように見えたが、間もなく壁が現れた。角を右に曲がり、また蝋燭が続く。
「こちらです」
 と人形師は部屋の扉を開けてくれる。
 かつてはダンスホールであっただろう部屋は奥に深く延び、奥から大きな振り子時計が静かに時を刻む音が聞こえた。
 そしてそこには裸体の少女の人形が床のいたるところにうち棄てられていた。妙な方向に折れ曲がったそれぞれの四肢は百合の花に似ている。だらりと垂れた手が妙に白く見えた。
「こちらです」
 と人形師は人形の一体を拾い上げ渡してくれる。
 薄闇の中でしなだれる体躯を抱き、私と彼女は向き合った。
 暗色の乱れた髪を手で梳いたそのとき、差し込んだ朝陽が少女の眸を照らし出す。
 それがあまりにも鮮やかなブルーだったので、とっさに肩で覆ったのだった。



 タイトル競作に出そうと思ったけど結局間に合わなかったもの。
 うーん、何か違う……。



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