2009年8月4日火曜日

バルサの食卓

「料理本をつくりましょうよ!」
 ある日、新潮文庫の担当編集者Mさんが、ニッコニッコしながらそう言ったとき、正直なところ、私は、彼女がいきなり何を言い出したのかわかりませんでした。
「はぁ、料理本? なんの?」
「守り人シリーズとか、『狐笛のかなた』とか、『獣の奏者』のお料理の本ですよ! ね? 絶対あの料理を食べてみた~い、と思っている読者、たくさんいますよ」
 それを聞いて、私は思わず笑いだしてしまいました。
「あはぁ、そりゃ、ねぇ。……でも、あれは異世界の料理ですよ? ゴシャなんて魚、築地じゃ売ってないし、マイカの実なんてものも、この世にはないわけで……」
「やぁですねぇ、わかってますよ、もちろん。でも、猪はいるし、お米もあるし、作れる料理だってあるでしょう? ゴシャはなくても、白身の魚はいっぱいいるし、ナライの実の代わりに、上橋さんが頭の中で思い浮かべていた味に近い香辛料を使えば、近い味が作れるはずですよ!」

(上橋菜穂子・チーム北海道『バルサの食卓』新潮文庫)



という出だしにくらりときて、気付いたら手の内にあった『バルサの食卓』(上橋菜穂子・チーム北海道)。
今のところ上橋菜穂子作品は『獣の奏者』しか読んだことがないので、“守り人シリーズ”なるものに登場する料理はさっぱりわからんのだけども、最初の数行で「これはアタリだ」と直感して確信する。図書館でそのうち借りればいいやー、とかそんな悠長なことを言っていられるようなものではなくて、是が非でも手元に置いておきたいものだと思った。この種の勘で外れたことは滅多にないから大丈夫。うん。

自分は元々食が細い上に偏食なものだから、正直言って食をテーマにした物語でピンとくることはほとんどない。なのだけども、そういえば『獣の奏者』では「おいしそう」と思えるくだりがあったっけなあ、ということを帰り道にふと思い出す。とろとろ蜂蜜のパンはきゅんきゅんきたなあ、と。
あとがきを見てみると上橋さんに異世界料理に対する想いが切々と語られていた。あーわかるわかる。と帰りの電車の中、心の中で頷きまくる。
久々にいい買い物をした気分。ほっくほっく。

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