「午睡の続き」
――ずいぶんながく眠っていたらしい。
目が覚めるともう放課後で、教室に私一人が残されていた。
うっすらと授業の跡が見える黒板、その上にあるかすかに埃を被ったスピーカー、わずかな隙間から吹き込む風に揺らめくカーテン。整然としているように見えて、実は少しずつずれている机たち。脇にぶら下げられた生徒の荷物は混沌としている。普段はそんなこと思いもしないのに。
時刻は16時半。運動部の掛け声や、吹奏楽部の無秩序な楽器の音が、耳を澄ましてみれば密やかに聞こえてくる。暮れなずむ光が汚れで黄ばんだカーテンを煌々と染め上げる。誰かが教室の前を通り、去っていく足音が。
午後の国語の授業はとても退屈で、ノートの端に書いた落書きにも飽きるといよいよ机にうつ伏せ深く息をついた。クラスの生徒のほとんどが同じように机にうつ伏せ、起きているのは一部の真面目な生徒だけだった。チョークが黒板を叩くリズムは緩やかで、間のびした音読の声は低く耳に心地よい。来月はもうテストだっけ? 夢現にカレンダーを思い出す。来年に迫った受験のことや、気になるあの人のことや、仲間内でのくだらないトラブルのことや、全部頭の隅のずっと彼方に追いやって、今は食後の気だるい午睡を貪った。不意に出た欠伸を噛み殺し、にじんだ涙を裾で拭う。いつか終わるのだろうか、この果てしない悪夢は。日の当たるこの席は蒸し暑く、背中や膝の裏に浮かんだ汗はただちに制服に染み私を締め付ける。私の魂はここではないどこかを求めていて、ずっと遠くを望んでいるけど、肥え太った肉体に阻まれほんの少しだって飛べやしない。幼かった頃には遥かな地平に見えた世界は、そこに果てがあるとわかった日から檻だったのだと気付いた。人の定めた道理に始まり人という種の限界まで、あらゆるものが私のできることとできないことを区別していく。その様を現在進行形で目のあたりにしている。幼い頃に憧れた未来を実現できた大人はどれだけいるものか。私たちは抗い方を知らない、叫び方を知らない、そもそも私たちの敵を知らない。間のびした音読の声が、直近のスケジュールが、気だるい午睡が、緩やかに私を私と規定する。ずるずると私は眠りの底に引きずられていく。
ぐっと伸びをして、机に爪を立てる。しかし今は不思議と体が軽い。私は足取り軽やかに机を駆けると、わずかに開いた窓から箱みたいな教室から逃げ出した。ながい悪夢を見ていた気がする。透明な猫はいなくなった。空の教室を眺めているのはだれ?
��**
昔のフォルダを漁っていたら発見。元々某所に投稿したものだったけど、投稿先のサイトが閉鎖してしまったので、紛失する前にぺたりとな。
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