2021年8月11日水曜日

今夜零時に

  祖母の遺品の中に十代の頃のものと思しき日記があった。中を見ることも、しかし捨ててしまうこともためらわれて、引出しの奥に仕舞い込んでいた。それきりすっかり忘れていたことを、今、日記を見つけて私は思い出した。躊躇した数十年前の自分はなんと純粋だったことだろうと苦笑して。
 細く流麗な筆跡で綴られたのは少女の何気ない日常であった。些細なことで一喜一憂する様子は十代の小娘らしく、いついかなる時代も変わらないものであることを認識させられる。一方で、出征や国際連盟といった単語を見つけてしまうと、やはり彼女は昔の人なのだとも認めざるを得ない。世相の厳しさは徐々に日記の文面にも滲み出てくる。
 そうして読み進めるなか、ページをめくると一枚の紙が日記から滑り落ちた。日記が破けたのかと一瞬ひやっとしたが、どうやら紙切れが挟まれていただけのようだった。拾い上げて見てみれば、明らかに祖母のものではない荒々しい筆跡で一言「今夜零時に」とだけ書いてあり、私はそれ以上先を読むことを止めた。

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