2007年5月1日火曜日

お城でゆでたまご

「お城でゆでたまご」

 白い森の胎内で密やかに息づく古城に至る道は無い。それは唐突に出現し、誰かの記憶の断片であるが如く輪郭は枝葉に隠され曖昧となる。崩れた城門を越え中に入ればそこかしこに跋扈する白い草と白い花、彼方で虚ろな口を空ける玄関がある。足もとはふわふわと頼りなく、空は白い森で覆われているためぼろぼろの白天が解れて時折青天が覗いているように見える。しかし白天である限りはそこは真冬の雪原でありそこは雪が降ることさえ忘れられてしまった時の彼方でもあった。城の中へ踏み入ると、小柄な老婆が「旦那様、お帰りなさいませ」と出迎える。後に付いて行く途中、例えば廊下の隅の暗がりで何かが蠢く気配を感じるが老婆は気にする風でもなく私を一室に通した。気が狂ったかのような白い部屋に眩暈を覚えるが老婆は私を部屋に押し込み閉じ込める。円形の部屋の中心には小さな円卓が置かれ、丁寧に殻の剥かれたゆでたまごがあった。ゆでたまごに歯を立てる。まず最初に私が失うのは思考なのだろうな、と苦笑する。

0 件のコメント:

コメントを投稿