2007年6月5日火曜日

そこにいる

「そこにいる」

 一面黄金色の麦畑を腰まで浸かり、風に背中を押されてふらふら歩く。空は青く果てしなかったがだんだん曇りたちまち雨となる。ざああ、ざああ、と麦穂は頭を垂れるので何だか淋しくなって私もしゃがむと、カエルが黒いこうもり傘を持って一匹また一匹、麦穂の間を縫って踊っていた。五拍子。タンタンタタタン。
 雨が上がったので私は立ち上がり再び歩く。雫が光を受けてますます輝き思わず目を細め、しっとりと湿った風と共に彷徨った。麦畑はどこまで行っても続き、太陽はいつまでも中空を漂うので方角もわからないが、ただし黄金色の麦穂の波は幾重にも重なり私を追い越していく。波に身を委ねたい衝動に駆られ、ついに任せてしまうと後は楽だった。私は波に乗り、一面黄金色の麦畑を風の速度でどこまでもどこまでも駆けて行く。しかし耳を澄ませば五拍子のリズムが微かでも聞こえてくる。タンタンタタタン。


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