2008年3月6日木曜日

誰よりも速く

「誰よりも速く」

 誰よりも速くなりたくてチーターに生まれ変わった亀がいた。
 彼はある日秘境で老チーターに出会う。彼女は痩せた肢体を木陰に投げ出していて、彼に気付くと澱んだ眼でじろりと見据えた。そして彼の逞しいふくらはぎや締まった胴を見るや、速いってそんないいもんじゃなかったねえ今度生まれるなら亀がいいねえ、と嘆息をこぼしてそのまま目を醒まさなかった。間もなく陽が落ち、辺りは暗くなる。
 骸を前に彼は黙祷の意を込めて、亀だった頃を思い起こして亀になってみる。頭を低くして背骨を山なりにしてみる。三呼吸に一歩の拍子で、ひょこり、ひょこり、と歩く。彼はそうして彼女の周りをぐるぐると回る。
 それを発見した人間たちがまずコンガを鳴らした。
 集まったチンパンジーが合いの手を入れる。
 他のチーターは彼の後に続く。
 ヘビは互いの尾を咥えて大きな輪を作る。
 それからシマウマやモグラや、風の噂を聞きつけたコンドルまでもがぞろぞろと集まってくる。今夜だけはみんな亀になって、三呼吸に一歩のリズムで踊る。
 夜明けを迎える頃群集は、亀もなかなかいい、という結論に達し、互いを労い合って解散した。以来彼は相変わらず誰よりも速いがあの夜のことは忘れない。



 心臓の競作に出そうかと思ったけど今一つピンとこなくて見送ったもの。

 あるかなー、と思ってたけどやっぱりあったねえ、一文字モノ。
 速と早の違いは、速がいわゆるスピード(km/h)に対して早が時間(h)なのだけども、距離(km)に言及するかどうかが速と早の決定的な違いなのかなあとぼんやり思う。あと、誰よりも速く、の“よりも”は他の誰かと比較して“速く”なわけだから、“誰か”の範疇を無限にすれば“誰よりも速い≒光”になるのだろうけど範疇を限定してしまえば“誰よりも速い=その中で一番”になって、速度の絶対値自体は不問になるわけで。そういう意味で「21よりも速く」はうめえな、とか思ってたら女王様でした。文体でわかるのだけどもな。

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