2008年8月6日水曜日

花の祈り

「花の祈り」

 明日の結婚式で使う花のヴェールを作るために教会裏の花畑に行くと、一人の見知らぬ少女が海に向かってひざまついているのを見つけた。少女は手を組んで一心に何かを祈っている。誰か大事な人の帰りを? 遠い誰かの幸福を? 病床の誰かの回復を?
 人は自分のためには祈らない。祈るのは自分ではない誰かのため。自分の手の届かない誰かではあるけど何とか手を届かせたくて神の手を借りるのだ。しかし神は誰に対しても公平であるから、特定の一人の人間のために御手を煩わせるなんてことはしないとぼくは知っている。あの子はそれを知っているのだろうか。いや、知らないからああも無垢に祈れるのだろう。
 海風が吹いて色彩鮮やかな花弁を空へ攫っていく。教会の十字架を越えて遥か彼方へ。
 少女が立ち上がる。その手にはささやかなブーケが抱えられている。ああ、彼女も結婚式に来るのか、と気付く。少女は立ち上がったもののぼうっとした風に海を眺めていたが、やがておもむろにふっくらとした唇を小さなブーケに寄せると、桃色の頬を緩ませた。歩をこちらにむけたところで僕が見ていることに気付くと俯いてしまう。すれ違いざまに、失礼します、と口早に呟いた。
 誰もいなくなった花畑は心なしか寂しく見える。明日の結婚式は晴れるだろうか。西の空に手早く手を組み、ささやかな祈りを捧げる。捧げずにはいられない。




 同題の音楽を聴いていて。

0 件のコメント:

コメントを投稿