「砂漠の幻楽団」
早朝の午前五時、一本の電信が届いた。場所は街からおよそ東へ五八〇キロメートル、砂漠のど真ん中だった。
「砂鯨が毒虫にやられて死んでしまったんだとさ」
「可哀想にね」
私は紅珊瑚のかんざしを口に咥えてマニキュアを塗る。他のメンバーも手早く身支度を整えた。
それから私たちは砂舟で半日かけて目的地まで行く。麻の帆を張り砂嵐を受けて舟は進むのだ。
到着したのは夕暮れも近い時刻で、東の空で星がいくつか瞬いていた。電信の主は砂鯨の死骸の傍らで膝を抱えて座っていた。同い年くらいの少年だった。
私たちは作業を開始する。砂鯨を解体するのだ。皮膚にナイフを立て、血は瓶に残さず注ぎ、ばらばらにしたパーツで楽器を作る。砂鯨の髭のハープ、皮と骨で作ったドラム、平歯のカスタネット。月が顔を出す頃にはあらかたの楽器は作り終わり、砂鯨はきれいさっぱり解体された。
そして満月が天頂に昇る頃。メンバーは各々の楽器を構え、私は彼らの中央で胸に手を当て深呼吸をした。観客は彼一人。彼のためだけのアリアを歌うのだ。
すうっと息を吸い込むと、微かに天を覆っていた薄雲が晴れ、ぽつり、またぽつり、と砂漠に光の斑が浮かび上がる。砂の表面には風が刻んだ波のような畝があり、それと相極まって一つのスコアになるのである。間もなく光の斑が地平線の彼方まで浮かび、今宵のスコアが完成する。私たちはそのスコアに従ってアリアを歌う。
夜明け、光の斑が薄れる頃に葬送の儀式が終わる。
全ての荷物を積み込み砂舟に乗り込むと、少年が砂鯨の耳骨が欲しいと言い出した。キャプテンに尋ねると、構わねえさ、と笑った。
少年は街までの道中、ずっと耳骨を耳に押し当てていた。安心しきって眠るように伏せられた瞼から目が離せずにいると、キャプテンに「仕事しろ」と頭を小突かれる。
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