2010年7月3日土曜日

嘘泥棒

「嘘泥棒」

 嘘を嘘で塗り固めた女がいる。
「私の伯父はハンガリーでレストランを経営していて、お客さんにはウィーンフィルのね——」
 壊れたラジオのようだ、と道行く人々は思う。身なりに反してその瞳は澄んでいる。ああ狂っているのだな、と人々は結論づける。人々の一部は女の膝に硬貨を放る。女はスイスの春を叙述している。
 女にとって嘘は幼い頃より見栄であり慰みであり真実でありそして未来である。

 男が手を叩く。女の瞳は急速に濁り、男を睨みつける。皺一つないスーツ、ぴかぴか光る黒革の靴。
「私も仕事柄フロリダに足を運ぶことが多いのです。先日、そこでNASAの研究者と——」
 男は女の嘘に侵食する。女の世界にその影をちらつかせる。女は、あなたはご存知ないかもしれないけれど、と枕詞を置く。しかし男は女の世界の隅々にまで通じている。
 男は決して女の嘘を暴かない。代わりに書き換える。徹底的に。
「そろそろお邪魔しますね」
 今や女は深窓の令嬢ではなく地球を守る秘密結社の女幹部である。月蝕と共に訪れる魔王軍の襲来、未来人との超次元貿易、森羅万象に宿る意思。整合性は欠片もない。
 男はこれからハンガリーに行くのだという。

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タイトル競作「嘘泥棒」
○:4、△:2、×:3
逆選王作品

解題については心臓掲示板よりコピペ。

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今回は真面目に書きすぎた結果、なんだか堅苦しくなってしまったなあともやもやしていたのですが、いやはや。
拙作に関しては、最後の一行で"嘘を盗む"が成立したことが伝われば及第点かなと思っていました。

『嘘泥棒』という語を素直に解釈すると『嘘を盗む人』になるだろうと考え、じゃあ嘘を盗むって何だ、ということをぐるぐる考えるところから始めました。
そもそも嘘ってなんじゃらほい。嘘って虚を口にすると書くよねー。口にするのは言葉。虚である言葉といえば、たとえば空想とか妄想とか(あるいは小説?)。嘘は、言葉で構築される虚構の世界、ぐらいの捉え方にしようか。
じゃあ、嘘を盗むってなんじゃらほい。盗むってことは盗む側と盗まれる側がいるのだろう。その過程ってどのように成し遂げられますのん。盗む、盗む、盗む……ムムム、元々盗まれる側に所有されていたものが何かしらの非合法的・手酷い方法・相手の同意を得ない方法で以て盗む側の所有になることかしらん。じゃあそれってどういう方法だろう。虚構の世界の持ち主が変わる……たぶん、それは革命やクーデターよりももっとずっとしたたかな方法でなければならない。ハテサテ。どうしたものか……まず、盗む側が盗まれる側の世界と同期する。次に、その世界から盗まれる側を追放する。そして、世界の中心に盗む側が居座る。おそらくそんなプロセスなんだろう。
……というようなことを考えながら書いたのでした。解題の代わりとして。

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という具合。

��私信
��15>か<21>のどちらかだろうと踏んでいたのだけども、そうか、そっちだったか。
嘘八百でも八百万でも八百屋でも、なんで“たくさん”の意が「八百」なんだろう。あ、八百がゲシュタルト崩壊してきた(笑)。


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