2020年7月18日土曜日

川を下る

 とある夫婦が口減らしのために、十になる息子を舟に乗せて川に捨てた。それから七日後、舟と息子は川上から下ってきた。息子は口いっぱいに飯を頬張りながら以下のように語った。
 両親の姿が見えなくなって以来、右手に山稜、左手に田畑が広がる景色が続いた。寝ても醒めても景色は変わらない。持たせてもらった水と団子も尽き、空腹に耐えかねて川に飛び込もうとしたが、縁に足を掛けたところで不思議とその気が失せた。涙は枯れ果て日を数えるのも諦めた頃、母が自分を見つけてくれて、今に至った。だからこれは死ぬ間際に見ている夢なのだ、どうか醒めないでくれ、と。
 以来息子は他の兄弟の五倍は働き、おかげで家は多少裕福になった。年月は流れ、夫婦が老いて亡くなり、兄弟たちやその子孫たちも亡くなった後も、息子は一睡もすることなく朝から晩まで働き続けている。

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