2021年2月11日木曜日

2020年8月11日火曜日

水色の散歩道

 水色に混ぜ合わせた絵の具を指に乗せ、キャンバスの右上から左下に向けて一直線に走らせた。天に昇るほうき星のような一本の線。
 少し時間が経って乾くと、キャンバスの四隅から豆粒大の建築会社の社員が市の土木課職員や一級建築士を伴ってやって来て、粉粒のような図面を開き、打ち合わせを始めた。その後重機がやって来て、水色の線に沿って広葉樹を植え、アスファルトを敷き、家やビルを建て、あっという間に住宅街を作ってしまった。何台かのトラックが往来し、一軒一軒に住人が引っ越してきて、豆粒大の住人達が暮らしを営み始める。子供が生まれると街はさらに賑やかになった。諍いも生まれる。いくつかの悲しい事件があった後、「街のシンボルである散歩道だが、水色というのは景観に合わないのではないか」という意見が提示され、喧々諤々の議論がなされる。しかし結論は出ない。疲れ果てた市民たちは空を見上げ、呼びかけた。
 神様はどうお考えですかー?
 え、急に話を振られても困る……。

2020年7月18日土曜日

引っ越しのお知らせ(2020/7/19)

長らく愛用してきたseesaaブログから引っ越してきました。

煩わしい広告がなく、かつ安定的に長期間残り続けるであろう場所としてここを選んでみましたが、さてどうなることやらと。
エクスポート/インポート機能を使って引っ越したため、一部文字化けがありますがそこはもうご愛敬ということで。
致命的に読めなくなるほどではないので、放置してあります。仕様です。ご容赦ください。

魚と眠る

 くつくつと冷たい水が湧き出る山頂の湖の底で、銀色うろこの魚たちが眠っている。その中で最も若い稚魚は、ずっと昔に岩になった長老が見る夢を見ていた。
 赤く焼けた荒野に屹立する一本の塔。夕日を浴びて赤錆びた塔が天を貫いている。うら若き人間の乙女である長老は塔の頂を目指す。世界を貫く針の尖端となる。そうして世界を貫き、暗黒の果てに見えたのは満月。何もない湖の底だった。静寂と不変を愛した彼女は孤独に微睡んでいた。永遠にも等しい時間が流れる中で彼女は胸に奥底に眠っていた幼き頃の楽しい思い出に出会う。一つ、二つと記憶を思い出す度に、水底を照らす銀色の月明かりから銀色うろこの魚たちは生まれたのだ。
 そうして最後に生まれたのがお前だったのだよ。
 はっと稚魚は目を覚ます。長老はただの岩になっていた。

川を下る

 とある夫婦が口減らしのために、十になる息子を舟に乗せて川に捨てた。それから七日後、舟と息子は川上から下ってきた。息子は口いっぱいに飯を頬張りながら以下のように語った。
 両親の姿が見えなくなって以来、右手に山稜、左手に田畑が広がる景色が続いた。寝ても醒めても景色は変わらない。持たせてもらった水と団子も尽き、空腹に耐えかねて川に飛び込もうとしたが、縁に足を掛けたところで不思議とその気が失せた。涙は枯れ果て日を数えるのも諦めた頃、母が自分を見つけてくれて、今に至った。だからこれは死ぬ間際に見ている夢なのだ、どうか醒めないでくれ、と。
 以来息子は他の兄弟の五倍は働き、おかげで家は多少裕福になった。年月は流れ、夫婦が老いて亡くなり、兄弟たちやその子孫たちも亡くなった後も、息子は一睡もすることなく朝から晩まで働き続けている。

2020年2月14日金曜日

水晶の額縁

 亡くなる間際、祖母は私を呼び寄せて左眼を覗き込むよう言った。
「中に誰かいる」
「私の初恋の人だよ」
 袴姿の女学生が椅子に座って本を読んでいた。
「失いたく、なかったんだ。だから閉じ込めた。彼女の人生を奪ってしまった」
 彼女がこちらに気づき、唇を動かす。
 私は幸せだったわよさっちゃん。
 そう言ってほほ笑む姿に私の方が恋しそうになった。

日記の中から発掘。
書いたのが2019年11月20日とのこと。
元々オンラインストレージのつもりで使ってるブログだけど、永遠じゃないので、そのうちどっかにバックアップ残さなきゃなあ。そんなことを思い始めて早五年。そういうもんだ。

2019年1月24日木曜日

鍵のくに

 空から降り注ぐ無数の鍵が、一晩にわたって屋根や壁のすべてを破壊し尽くした後の朝。ぼくたちは瓦礫と鍵の底から這い出し、まずはお互いの無事を確かめあう。それから金色に輝く鍵たちを見回し、雲一つない空にぽつんと佇む銀色の扉を見上げる。これから始まる途方もない作業に辟易しつつも「よし」と気合を入れる。何事も始めなければ終わらないのだ。
 はるか遠い昔、世界が平らで創造主たる女神とぼくたちの祖先が同じ空の下で暮らしていた時代があったという。しかし祖先は何らかの理由で女神の怒りを買い、世界は階層状の構造に書き換えられて祖先と女神は隔てられたという。しかし慈悲深い女神は祖先を完全に見捨てたというわけでもなく、百年に一度、階層を跨ぐための鍵を我々に与え、いつかの未来にぼくたちと再び会える可能性を残してくれているのだという。
 これが真実の歴史なのか、途方もない作業への意味づけのための創作なのか、誰にもわからない。経緯が何であれ、結局のところぼくたちはこれまでの暮らしの全てを失ったし、こうなったからにはもう銀色の扉を開けられる唯一の鍵を探す以外のやるべきことがないのだ。そしていつかの遠くない未来にきっとぼくたちは言葉と感情を失い、女神が望む子供につくり変えられるだろう。



500文字の心臓MSGP2004、9th matchより。