2006年9月12日火曜日

4 禊

 最愛の人を失うのは確かに悲劇だった。私は三日三晩泣いたし、親兄弟親戚友人から慰めにならない慰めも受けた。あんまり落ち込むものだから、心配した周囲の誰かが「山に行ってきな」と言い上司も了解をくれたが、何故山なのかは結局訊きそびれた。ふらふらふらりと登山コースを辿り、途中の滝で修行に励むお坊さんに出会う。お坊さんは私を一目見るなり「これはいけない」と寺へ連れ込み修験者よろしく白装束に着替えさせ、先の滝のたもとまで連れてきた。清らかな水に打たれて悪い憑き物を落としてしまいなさい。でも見ず知らずの人間にいきなりこんなことをやらせるなんて、失礼じゃあありませんこと? 帰らせていただきますわ、と私が去った後でお坊さんは大声で念仏を唱えながら滝に打たれる。私は服を取りに寺へ戻り、着替えたついでに本堂を覗くと、大仏様がおわせられる。正座して、じい、と見上げて差し上げたら、なんとなく、大仏様気まずそう。


 お題其の四
 次は『黒いラブラドール』

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