2007年5月14日月曜日

ロケット男爵

「ロケット男爵」

 ロケット男爵の支配する街を訪れた。
 黒いつやつやのでっぷり膨らんだ円錐形の本体に青い三本の足のついたロケットの顔と豪華絢爛な貴族の服が、ロケット男爵の特徴らしく、彼は観光の最前線で活躍をしているようだった。土産物屋はもちろん、八百屋や宿、広場に図書館までいたる所でロケット男爵が顔を黒光りさせている。
 議会が作り出したマスコットなのだと決め付けていたらあながちそういうわけでもないようで、「よその人はみんな信じちゃくれないけどね、ロケット男爵は本当にいたんだよ」「嘘じゃないよ、今から二百年くらい前の人なんだよ!」「ロケット男爵はフランスの侵攻に対して、その勇猛さで街を守った英雄なのだ」「ロケット男爵は空を飛べたのです」「この地域には『ロケット男爵が右手を挙げた』という表現が根付いています」「彼はいつも美しい女性に囲まれていたが生涯独身を貫いた」「みんなのヒーロー」「ロケットの語源は彼なのじゃ」嘘つけ。
 街の中心部から外れた住宅街の一角にロケット男爵の子孫だという一家がいるらしいので、散歩がてらに見に行ってみると驚いた、植え込みの合間からロケット顔の幼女が等身大のゴールデンレトリバーと戯れている。ちなみに夫人は普通の顔だった。
 帰国後この話を知人にしたが、もちろん誰も信じてくれない。そのうち私の記憶さえも不確かになる。




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