2007年5月20日日曜日

虹の翼

「虹の翼」

 彼女は昔から絵を描くのが好きで、描くものには何でも翼を生やす。人間はもちろん、犬や猫、雲、樹木、車、タンスと文字通り、何でも、なのだ。それは大人になり画家になっても変わらずで、世間では大よそ受け容れられなかったが、彼女の嗜好を理解する人がとことん賛美し結果彼女は片田舎で細々ながらも暮らせていた。
 例えば梅雨の終わりに彼女を訪ねると、彼女は昔と変わらず縁側を駆け柱の影からひょっこり顔を出す。まあ上がってよ、と言い僕に向けるシャツの背には黒の絵具で翼が描かれていて、そのシャツが背中に引っ付いているものだから歩調に合わせて翼はぴくぴくと蠢いている。
「今度、個展やるんだ」
 ちゃぶ台を挟んで茶を飲んでいると彼女が素っ気無く呟いた。彼女がいつもつまらなそうで無気力なように見えるのは常に創作のことを考えているからで、向こうの世界に心を浸しておりつまり彼女は現実を生きていない。目指すものや場所を実現できさえすればもうこの世に未練はなくて、幽霊が成仏するようにある日フッと居なくなってしまうことも有り得るから恐ろしい。事実、人生初の個展も彼女にしてみればさほど重要なことではないのだろう。そんな日がいつか来る気がするけど僕がどうこうできるわけでもないので、せめてこんな風にちょくちょく顔を出すのだ。
 ある秋晴れの日に予感は的中する。
 無人となった家のちゃぶ台に七色の翼が描かれた卵が置いてあり、以来彼女の消息は知れていない。



 最近は突然ざーざー雨が降ったり冷えたりでいやです。いやだ。でも、毛布がもふもふなのはありがたいです。

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