2007年6月26日火曜日

乗り損ねたバス

「乗り損ねたバス」

 バスに乗り損ねた。
 白煙を吐きながら遠のく背中を見ていたら急に何もかもがどうでもよくなった気がして、バス停のベンチに腰掛ける。
 無音。
 朝の静謐は発見であるのに、なぜだか懐かしい。塀の上を歩く野良猫の欠伸、いつもバスですれ違う小学生の列、最後尾の一年生の女の子は昔隣家に住んでいた子によく似ている。他の子とは歩幅が違うので時々小走りにならなければならず、しかしそれに前の子たちが気付く気配もない。私はがしゃがしゃ鳴る赤と黒のランドセルと、それぞれにぶら下がる白い給食袋を角に曲がって消えるまで見送った。
 それとすれ違いに男子中学生が歩いてくる。だらしない格好だった。さらにその後から三人組の女子高校生たちが喧しく私の前を通り過ぎ、中年のおばさんが何人か徒歩や自転車で目の前を交差する。
 驚いたことに私の知っている人は一人もいなかった。知っている人たちは皆どこかへ行ってしまった。時刻表を見る。あと十分で次のバスが来る。
 電車の乗り換えの時間を計算していると隣に禿頭の老人が腰掛けた。グレーのポロシャツ、グレーのズボン。皺くちゃの手は祖父を思い出す。しっかりした顎のラインを見てますます似てるなと思い、つい話し掛けようという気になるが、朝の密やかで奇跡的なバランスを崩してしまうような気がして躊躇われる。間もなくバスが滑り込む。
 私が立ち上がろうとすると老人は無言で私を遮り、一人だけバスに乗り込んでしまう。呆気に取られているうちに私は再びバスに乗り損ね、その背中を見送る羽目になったが、白煙の垣間から見える行き先は【世界の果て】だった。寸分違わずやってきた本物のバスの行き先が【○○駅南口前】であることを確認して乗り込み、座席に腰掛けふと見遣ったバス停の名は【懐かしい記憶】。遠のく景色を私はいつまでも見つめている。




 向山貴彦/文・宮山香里/絵「童話物語」を読む。
 ジェットコースターみたいに感情を揺さぶられた本編もさることながら、周辺設定の一々がホントに素敵。
 心込めて書いた(描いた)んだろうなー、と思って色々調べてみたら案の定。本の外にまで物語が溢れてるのは素敵ですな。

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