2007年7月16日月曜日

鳥篭

「鳥篭」

 あの人の屋敷はいつも深い茂みに覆われていて、窓枠を這う蔓の合間からあの人の影が見えるとそれだけで心臓がとくんと跳ね上がるのを感じます。枯れた白樺の窓枠は十字に交差し鉄格子のよう。すらりと差し伸べるあの人の腕は透き通るように細く白く、薄暗い室内にあっても僅かに光を帯びているように見えます。その指先に一羽の白い小鳥が留まり、あの人は暫しの間小鳥と戯れます。人差し指で頭を撫でたり、桜の花びらのような唇を添えたりして、その口元に笑みが絶えることはないのです。やがてあの人は窓を開け、鳥を放ちます。鳥は螺旋を描いてぐんぐん上昇し、あっという間に彼方へと消えてしまうのですが、あの人は窓枠に体重を乗せて空をいつまでも見遣るのです。つんと突き出た顎のラインを私は目でなぞり、美しいと嘆息を零します。子供のようにあどけない首筋から視点を下ろすと、ベージュのブラウスの隙間から滑らかな鎖骨が覗きます。二対の骨は身体の中心線を軸にぴったりと対照の位置に並んで肩へ連なっており、その肩もまた幼く、かつて抱きすくめたときの感触を今でもありありと思い出すのです。二の腕の裏に口付けたときの恥ずかしがりようもまた。互いの手の平を重ね指を絡め桜貝のような爪を食んだときに、ちらり上目で見た横顔の頬に差す桃色、漏れる吐息の温度、収縮する筋肉弾む鼓動、あの人は私のものでした。しかし今はすっかり白くなってしまったあの人の肌を見ると胸が苦しくなるのです。頬に掛かる髪の黒さが肌の白さを際立たせ、淑やかに伏せる睫毛の黒さもまた拍車をかけるのでした。殆ど降るように下りてきた小鳥をあの人は抱きとめると、小鳥のつぶらな瞳に二言三言囁き窓を閉じてしまいます。蔓の錠に縛られた格子の中であの人は窓辺に腰掛け読書を始めます。そしてこちらに一瞥を向け確かに私自身に対して微笑むと読書に没頭してしまうのです。あの人が使う紅葉の栞は私が昨年差し上げたものに相違ありません。




 次は「突然の訪問者」
 ナツイチのはちストラップが可愛くてしょうがない今日この頃。

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