2008年8月8日金曜日

ノイズレス

「ノイズレス」

 音が消えた。何の前触れもなくぷっつりと。
 世界から音が消えたとき、世界中が混乱に陥った。これはどこぞの国の陰謀だ、いや宇宙人だ、という議論があちこちで巻き起こった、筆談で。他にも窃盗が横行したり、蝙蝠がふらふらと住宅街を飛んだりする。世界は静かに大いに狂っていった。
 音が消えた半月後、匂いが消えた。やはり何の前触れもなく。

 思い立って外に出る。天気が良いから気晴らしに公園まで散歩するのだ。それでもふとした拍子に考えてしまう。次は何が消えるのだろう。その答えはベンチで飲み物を飲んでいるときに得る。味覚だった。気付いたらお茶は冷たい何かに変わっていた。
 僕は公園を飛び出し辺りを見回す。都心の方から空が色を失っていくのが見える。雲の白でさえも色彩を失い、のっぺりとした白黒の膜が空と地面を覆っていく。瞬く間に僕も飲み込まれ、まだ色彩の残る方も駆け足に侵食されてゆく。それだけではない。その白黒でさえもすうっと薄らいで消えてゆく。煙が空に拡散するように、景色が溶けてゆく。そして自分自身もまた。
 反射的に地に手を突き感触をまさぐる。手の平に食い込む小石の感覚を、重力の鎖を記憶するのだ。空に浮かんでしまう前に。




 タイトル競作「ノイズレス」○:2 △:1




 このタイトルで最初に思いついたのはヘレン・ケラーだった。けど、ヘレン・ケラーに関してはあまりにも無知だったし、もし仮に十分に知っていたとしても易々と手出しはできなかったろうなと思う。
 そんなこんなでうーんうーんと難産した結果がコレ。
 お粗末さまでした。

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