「頭蓋骨を捜せ」
「私の頭蓋骨、なくなっちゃったの」
咲ちゃんは確かにそう言った。咲ちゃんは潜水メットみたいな真っ黒の反重力メットをかぶってる。これがないと重力で目玉や舌が飛び出してしまうんだって。(気持ち悪くてごめんね)
「一緒にさがしてよ」
手を差し出される。反重力メットに僕の歪んだ顔が映ってる。
***
タイトル競作。○:0、△:0、×:0
久々? もとい初めて? 無票でした。
これからは自分の思うところを通していこうと思って書いたものなので、そういう結果もさもありなんという感じ。個人的には清清しくていいなあなんて思っていたりする。
捜せ、が、探せ、になっていたのは単純に最後まで「頭蓋骨を探せ」だと思っていたからという何とも情けない理由。
あと、久々に選評をサボったかなあ。今回というか最近は色々思うことがあって、口を開けば多分ロクでもないことを言う自信があったので自省した次第。という言い訳。根本的に面倒臭がりなのがいけないのだと思います。反省しないけど。
今回頂いたコメントの中でいくつか気になったものについて。
・タイトルの解釈が浅い
浅かったら何か不都合があるのだろうか。
ということを何の負け惜しみもなく思ってしまう。なんて開き直り方。
そりゃ本文に対してタイトルが絶妙な位置に収まれば「ああ巧くタイトルを使っているなあ」と思うけど、作品の価値ってそれだけじゃないよなあどう考えても。結果的に面白ければそれでよし、と考える人間にとってはタイトルとの整合性は作品の面白さを決める一要因に過ぎず、昨今のタイトル偏重の風潮は馴染み辛いなあと思ったりするのでした。これでも大分タイトルに歩み寄るようになったのよぅ(棒)。
・(気持ち悪くてごめんね)の所在無さについて
所在無くなるように書いたのだから、目論見としては成功なのかな。
反重力メットのふわふわした感じが伝わればいいなあ。
・何故、頭蓋骨はなくなっちゃったの?
何故には答えなければならないものでしょうか?(質問返し)
という風に書くのはさすがに書き手の我侭が過ぎるところだと思うのだけども、そういう風に問われて「はて?」と思ったのもまた事実でした。
そりゃ世の中には不思議なことはいっぱいあるのだから、ある日突然頭蓋骨だけがぽっかりいなくなることだってあるでしょう。ラクダが悠然と道路を横切って現れることがあれば、たまねぎとラベリングされたダンボール箱五箱を盗みたくなることだってあるでしょう。それ以上でも以下でもなく。
言わんとするところは「いさやの書くものは突拍子も無さ過ぎて読み手が置いてけぼり」ということなのだろうけども、少なくとも今回はそうするって決めたのだから、まあやむなし。やっぱり我侭が過ぎるなあ。
という風にたらたらと書き連ねる辺りはやっぱり機嫌が悪いのだと思います。お粗末。
��**
なんで頭蓋骨がないと困るかって? だって、このまま死んじゃったら、私は首なしの骸骨になっちゃう。私の首を愛してくれる人がいたら、その人に申し訳ないじゃない。
洞窟の奥に捧げられた咲ちゃんの小さな頭蓋骨。祠の神さまと添い遂げるの、ときらきら輝く。
��**
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