「屋根裏帝国と床下の魔物たち」
鼠か何かが天井裏を駆けたようだったので、クイックルワイパーの柄で音のした辺りを二、三回ほど突いた。静かになった。一応屋根裏を覗いてみると、そこにはミニチュア模型で作ったような都市が一面広がっていた。ナノスケールの人工の太陽まである。米粒よりも小さな者たちが方々から現れては隠れ、私にはよく聞こえない何かを喚き、間もなく飛来した戦闘機がぱちんぱちんと私の額に爆撃を仕掛ける。これはたまらん、と一旦退散する。退散すればさっきの出来事が嘘のように思えてくるが、もう一度屋根裏を覗いてみるのは躊躇われる。とりあえず、とりあえず、と声に出して呟いてみるが次が続かない。とりあえず、どうするのか。私は混乱していた。
夜半、夢の中で私は糊の利いたスーツを着る初老の男性と机を挟んで向かい合っていた。曰く、彼は屋根裏の都市の為政者で、(途中、三十の民族とおよそ四ヶ月にわたる種族の興亡の歴史の解説を挟み、)要するに私と友好関係を結びたいのだという。ちなみに夢枕に立つ技術はおよそ二日ほど前に出来たのだという。
それから三日ほどして、再び夢を見る。三日前の夢で見た男性に似てはいるが別人であるこの若者は、先日の男性の孫であるという。閑話休題、と言って若者は顔を上げる。曰く、神話の御代以来永らく忘れられてきた地底の魔物が近頃活発に蠢き始めているという。ぽかんと口を開ける私に若者は、大真面目です、と大真面目な顔で釘を刺す。そもそも地底というのがどの程度の深さのことを指すのかすらわからない。ということで我が家の間取りと若者たちの世界の測量単位を比較し計算した結果、どうやら床下程度のところだとわかった。「助けてください」と若者は言う。「日夜、万の魔物が洞穴から表れ人々を脅かしております。倒せど倒せど尽きる様子のない魔物ども、我々の防衛線もいつまで保つか。どうか貴方様のお力を」
翌日、完全防護の服装で意を決して床下の蓋を開き、えいやと懐中電灯を突っ込んだ。なるほど確かに何かがいる。おびただしい数の何かがいる。幸いなことにそれらは飛行能力は持っていないようだった。本当に幸いである。赤や黒の米粒どもがうねり、盛り上がり、私を見上げている。虫眼鏡で覗いてみる。目の無いもの、蛍光色の卵を皮膚の下に抱えるもの、姿態は様々あれど押し並べておぞましい。無数の触手が踊り、異形どもの口からは極彩色の粘液が飛び交い、そんな景色が床下一面にわたって広がっている。不意に米粒どもの動きがぴたりと止まり、二つに割れた。奥の方から親指大のナメクジのようなものが現れ、念力で私に語りかけてくる。曰く、彼女は米粒どもの生みの親であり、万物の創造主であるという。私は屋根裏帝国側の事情を伝え、何とか穏便にならないかと一応問いかけるが、ただちに「言語道断」と言い捨てられる。交渉決裂、敵意を顕わにした米粒どもは一様に真っ赤に染まり、続々と山を為し、たちまち床下から溢れそうになる。吹っ飛びそうになる意識をかろうじて保ちながら何とかバルサンを焚くと、がっちりと床下の蓋を閉じる。ガムテープで目張りをする。
その晩、先日の若者が幾分か老けて現れる。曰く、私の活躍で魔物を退けることができたので、その偉業を称えたモニュメントを建築することになったという。目元に涙を湛えている。
その後の数日間は特に何事もなく穏やかに暮らした。ふと思い出してそっと屋根裏を覗いてみると、屋根裏の人々は死に絶えていた。嗅ぎ覚えのある臭いはバルサンである。大方、魔物が湧いたという穴から煙の残りがこぼれたというところだろうか。半分骨組みを露出させたままのモニュメントもあった。
この話を医者の知り合いにしてみると、彼は私の肩を抱いて静かに首を横に振ったのだった。
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ドラえもんにもそんな感じの話がありけり。
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