2010年4月24日土曜日

死ではなかった

「死ではなかった」

 彼女は(おやすみなさい)と言って、すうっと眠りについたきり目を覚まさない。今日も眠ったままだ。この事は誰にも知られてはならない。彼女の両親にさえもだ。
「お正月、遊びに来てね」
 電話越しの義母に、はい必ず、と嘘をつく。

 夜半、ほとんど聞こえない寝息を立てる彼女を抱き抱え、車に乗せる。助手席に座らせちゃんとシートベルトも締める。僕らは無人の住宅街を時速80kmで突っ走る。けれど僕らはどこにも行けないまま帰ってきてしまう。本当は宇宙船の救命ポッドに閉じ込められたまま火星の衛星になってしまいたいのにと思っている。

 薬を渡した時、彼女はそれがただの睡眠薬ではないことを知っていた。ぴかぴかの赤白のカプセルを摘んでしげしげと眺め、
��飲んでもいいの?)
 と目を輝かせ、それが繊細な硝子細工であるかのように手のひらに乗せた。
「水は?」
��いらない)
 そして彼女は手のひらを口に当てて天を仰いだ。羽が生えたように見えた。
 それから薬が効き出すまでの一時間、僕らは冷たい窓辺の下で並んで膝を抱えた。そしていつか世界からあらゆる乱暴で野蛮なものたちが一つの例外もなく死に絶えて本当に美しいものだけが残る未来について語り合ったのだ。

��**

タイトル競作 ○:3 △:1 ×:0

・今回一番びっくりだったのははやかつ票
・いつもながらのロクでもなさ。なぜ私はこのようなものを書くのでしょう?(訊くな)
・というわけで参加してました。ふふふん。
・片やこちらもじつは17がそうじゃないかと踏んでいたのだけども選評で触れていて途端にわからなくなったという。そうか、ふりだしに戻ればよかったのか。



そんなこんなで気付けば一月半も音沙汰無しでした。
その間何をやっていたかというと、前回のエントリより引き続きフリゲ三昧で一通り飽きるまでやってみたり、原稿の校正をやってたり、それなりに忙しくしておりましたことよ。

取り急ぎにつき。

2010年3月6日土曜日

しっぽ

「しっぽ」

シーン1:路地裏にて
 露店でしっぽが売られている。犬、猫、豚にはじまり、鸚鵡、鰻、蜥蜴、蛙、蠍、しまいには鯨のものまである。
「意外と需要はあるものですよ」

シーン2:ネオン灯る帰路
 興味本位で猫のしっぽを買ってみた。手渡されたそれは私の手の中でだらりと垂れ、見た目以上に重たく感じられた。もともとの持ち主は黒猫であるようだった。丸めてコートのポケットに入れる。しっぽはぐたりと力無い。私は何度も滑らかな断面を指でなぞる。

シーン3:しっぽはどこ?
 世界のどこかにしっぽを失った黒猫がいる。彼がそれを失ったのはそれがないと気付いた瞬間だった。以来彼はいくつもの屋根を渡り歩いている。満月を背景にしっぽを失った黒猫が歩いている!

シーン4:ユーイチのユーウツ
 学校から帰るとユーイチはランドセルを部屋の隅に放り出した。今日は夜まで一人だ。外はじめじめ雨。電気を点けるのも面倒でテレビの明かりを代わりにする。適当にチャンネルを回す。面白くない。砂嵐、砂嵐、砂嵐。その狭間にぱっと屋根を歩く黒猫のカートゥーンアニメが映る。よく見れば黒猫にはしっぽがない。ユーイチは目を離すことができずにただジッと見入っている。

��**

没作品。
∵納得がいかなかった

この種の試みは非常に難しいです。節と節が近すぎたら分ける意味が薄いし、かといってばらばらすぎてもいけない。それぞれの距離感をどう取るかが、むー。

近頃は「へんぐえ」の方に顔を出したりと細々動く一方で、フリーゲームなんぞにも手を出していたり。
シルフェイド幻想譚とか魔王物語物語とかイストワール(現在進行形)とか。
特に魔王物語物語は非常に考えさせられる内容だったのでいずれ気力と根気と体力があれば語ってみたいなと思う。

2010年2月5日金曜日

水溶性

「水溶性」

 雨の日が良い。塩の左手に砂糖の右手を握ってどこまでも。

��**

タイトル競作「水溶性」 ○:3(5) △:1(0) ×:0
オギさんから事実上の◎を頂いたので良いのです。

塩男と砂糖娘のお話。いくつかバージョンがあった中で、一番短いのを選んだ。
口に出して読んでみるといささか舌触りが良くないのがちょっと気になる。
「握る」か「繋ぐ」かで迷った挙句、意思の力(みたいなもの)の差分で前者を採用。
以下別ver.



��**
��.
 彼女は砂糖で、僕は塩でできている。
 雨の日の駆け落ちにドキドキできるのは僕らだけの特権だ。
��**
��.
 私は砂糖でできていて、彼は塩でできている。
 駆け落ちするなら雨の日。絡め合った指が皮膚より深いところでくっつけるなんて素敵じゃない。

2010年2月2日火曜日

おへんじ

いろいろ考えてみて結局わからないけれど、七番目の素数のそれが一番それらしいのかなあと思うのです。

2010年1月12日火曜日

暁の真ん中で

「暁の真ん中で」

彼が磔にされてから幾日も過ぎた。その度に彼は日が昇る様を見てきた。太陽は常に彼の眼前に迫り上がってきた。夜を加速度的に駆逐し、その暴力的な眩しさでもって彼の眼を貫いた。彼と太陽の間を遮るものは何もなかった。夜半に激しく降った雨でさえも暁の間だけは遠慮した。太陽との対峙には何らかのメッセージがあるのか、彼は茫漠とした思考をさ迷うが一向に解は得られなかった。
そして今日もまた日が昇る。永く果てしない夜が終わる。一夜一夜がそれぞれまったく異なる種類の旅であったが、夜明けが近付くにつれて夜の旅路は太陽との対峙の一点に集約される。明けない夜はないのだと思い知る。自転の速度を体感する。太陽の足音が地平線の彼方から聞こえてくる。星は居場所を失い薄らいでいく。彼の眼球は動きを止め視点は一点に固定される。じりじりと夜が駆逐されていく。何物も侵攻を阻めない。夜が明ける。あらゆる意思を無視して。乱暴に、公平に。

��**

というわけでひょーたくんのお題は一通り終了。


2010年1月9日土曜日

読書の残骸

「読書の残骸」

たとえば読み落とした文字や言葉。「リリコの素敵な靴」と「リリコにとって素敵な靴」を厳密に読み分ける人は少ないだろう。思い出そうとしてみて、あれどっちだったっけ、と考え間もなく、どっちでもいっか、と思うものである。大抵の人にとってこの場合肝心なのは、その靴がリリコに帰属されるもので、リリコはその靴を素敵だと思っていることを読み取ることだからだ。
そんな風に、この世には読み手(特に乱読家!)に読まれもしなかった文字や言葉が少なからずある。読まれた文字がむしゃむしゃと消費されて虫食いになるとしたら、その残骸の存在はより顕著になるだろう。

そんな文字や言葉を集めて、粘土みたいにこねてオブジェを作ってみる。
��冊の本の残骸からn+1冊目の本ができることだって、たぶん、ある。


暗夜回路

「暗夜回路」

僕らは暗闇の中に機械的に割り振られた点であり、巨大なモニターに映り出された1ドットである。彼らには道が見えていて、僕らには見えていない。彼らにとって僕らの彷徨は不思議で興味深いものであるから、彼らは僕らの動きから何らかの規則性を見つけ出そうとする。
どこへ行けとも言われていなかった。しかし立ち止まるなと言われた。歩け。とにかく歩け。歩け、歩け、歩け。
これは人生に似ている。キャリアに似ている。終わりのない会話にも似ている。
回路は複雑で、あっという間に自分の居場所がわからなくなった。何度も同じ場所を歩いていたのか、回路全体の1パーセントも歩けたのか、何もわからない。今さっきあるいてきた道さえも。
地面はあるらしい。壁もあるらしい。たぶん天井もあるのだろう。けれども僕らの視界には暗闇しかない。あると思ってるだけで本当は僕らというものもないのかもしれない。