「二人だけの約束」
内緒だよ、と約束しあった二人が死に、約束は世界に取り残された。まだ主を持つ約束たちが交差する雑踏の中、同じく主人を失った約束と出会い、約束たちはそれぞれの秘密を打ち明けあう。分かれる間際、
「内緒だよ」
と約束たちの口から零れた言葉が交じり合い新たな約束が生まれ、約束たちは我が子のように見守る。私たちはこのようにして生まれたのだな、と亡くなった主たちに暫しの黙祷を捧げる。生まれたばかりの約束はまだ自身が相互的な関わりそのものであることをわかっていないが予感だけは持っているので、目を瞑る両親の右手と左手を掴んでいる。
免許取れました。ばんじゃーい。
2007年10月28日日曜日
2007年10月15日月曜日
プロフェッショナル
「プロフェッショナル」
私はプロだ、と言うので、何のプロなのかと訊ねてみたら、内緒だと黙して答えない。しかしこの国では何かに特化した能力を持つ者は何者であれ礼節を持って待遇するのが決まりなので、仕方なく言うとおり泊めることにした。もしこの自称プロの言うことが嘘――つまり凡人――だった場合には詐欺で告発することも見据えて。
料理をやらせたら指を切った。
大学のレポートをやらせてみてもてんで的外れのことしか書かない。字も汚い。
掃除をやらせれば花瓶を割り、留守中の犬の世話を任せても逆に伏せられる始末。
一緒にゲームをしてもこてんぱんにやられてべそをかく。
じゃあ一体何ならできるのか、と問い詰めようとしても安らかな寝顔を見ると、この頃は、まあいいか、とも思えてくるようになった。
恋人と喧嘩をした。原因は何だったか忘れたがひどく腹立たしかったことだけは確かで、しばらくふらふらしてから帰ったのが夜更け過ぎだった。腹いせにゲームでいじめてやろうと思って自称プロを呼んだがどこにもいない。不安や心配よりも腹立たしさが先立つ。結局その日はそのまま寝たがプロはそれから何日も帰ってこなかった。もういなくなったかと思った。それはそれでいいとも思った。元々が元々なのだから。
一人で料理をしてレポートを書き、犬と遊ぶ。恋人とはすっかり仲直りをして以前の日々に戻っていた。
そんなある日、自称プロがひょっこり戻ってきた。ぽかんとする私に、「私はプロだ」堂々と宣言する。何のプロなのかと訊ねてみたら、内緒だと黙して答えない。しかしこの国では何かに特化した能力を持つ者は何者であれ礼節を持って待遇するのが決まりなので、仕方なく言うとおり泊めることにした。凡才以下であることは知っていたが、この国ではそのような人にも人権は認められているのだ。それに最初に比べて料理も掃除も犬の世話も、多少は上手くなっていたし、不都合はない。
って言ってみたかったw
私はプロだ、と言うので、何のプロなのかと訊ねてみたら、内緒だと黙して答えない。しかしこの国では何かに特化した能力を持つ者は何者であれ礼節を持って待遇するのが決まりなので、仕方なく言うとおり泊めることにした。もしこの自称プロの言うことが嘘――つまり凡人――だった場合には詐欺で告発することも見据えて。
料理をやらせたら指を切った。
大学のレポートをやらせてみてもてんで的外れのことしか書かない。字も汚い。
掃除をやらせれば花瓶を割り、留守中の犬の世話を任せても逆に伏せられる始末。
一緒にゲームをしてもこてんぱんにやられてべそをかく。
じゃあ一体何ならできるのか、と問い詰めようとしても安らかな寝顔を見ると、この頃は、まあいいか、とも思えてくるようになった。
恋人と喧嘩をした。原因は何だったか忘れたがひどく腹立たしかったことだけは確かで、しばらくふらふらしてから帰ったのが夜更け過ぎだった。腹いせにゲームでいじめてやろうと思って自称プロを呼んだがどこにもいない。不安や心配よりも腹立たしさが先立つ。結局その日はそのまま寝たがプロはそれから何日も帰ってこなかった。もういなくなったかと思った。それはそれでいいとも思った。元々が元々なのだから。
一人で料理をしてレポートを書き、犬と遊ぶ。恋人とはすっかり仲直りをして以前の日々に戻っていた。
そんなある日、自称プロがひょっこり戻ってきた。ぽかんとする私に、「私はプロだ」堂々と宣言する。何のプロなのかと訊ねてみたら、内緒だと黙して答えない。しかしこの国では何かに特化した能力を持つ者は何者であれ礼節を持って待遇するのが決まりなので、仕方なく言うとおり泊めることにした。凡才以下であることは知っていたが、この国ではそのような人にも人権は認められているのだ。それに最初に比べて料理も掃除も犬の世話も、多少は上手くなっていたし、不都合はない。
って言ってみたかったw
2007年10月4日木曜日
同窓会
いつだったかアクセス解析の検索ワードで「ブラウスの隙間から云々」という語があった。検索する方も中々乙な方だと思うけども、ヒットするのもどうなんだか。
何やら気付けば星さんライブ@東長崎から結構日にちが流れているような。いやん。
・東長崎の小さな書店で買った本のカバーが、ひょーたんさんマンジュ様らに「(余計な装飾宣伝がなくて)潔い」と絶賛されて「そこかよ」と内心突っこみつつも激しく嫉妬。カバーの分際でッ、キィィ!
・ぼくはこども舌なのでキャベツは辛くていやです。キャベツはいたい。
・果物は体にいいと思う。
・ライブ会場の店にいたお犬様が頗る立派。
・ひょーたんさんを護送するために第一部で離脱。ナイトいさやん。
・ただしメールはぶった切る。
最近、人とメールをしていると遣り取りが途中でぶった切れる。や、切るのは僕なのですが。
何の脈絡もなく音信不通になるので相手の人はさぞかし不安なのだろうなあとは思います。すみませんすみません。つかニコ動見ながらメールの言葉を捜しているうちに時間が経ってそのまま寝る、というパターンが殆どなのです。メールは時間がかかる。
最近の子供はメールが30分以内に返ってこないと遅いと感じるのだとか。つい十数年前までは家族の目を忍んで黒電話、という時代もあったというのに。といっても今は「30分以内に返ってこないと遅い」のがスタンダードなのだからどうしようもない。うん、どうしようもない。今の若者とは仲良くできそうにないです。残念だ。
先日小学校の同窓会があり、小六はもはや昔なのだと認識。そうか、そうなのか……。八年の間に色々変わったんだねぇ、みんな。特に女の子の見た目が。化けすぎだろうよ。昔はあんなにおしとやかなお嬢さんだったのに、立派なギャルに進化していたのでした。
逆に考えれば、逆算すればみんな人の子、ということなのでしょう。
何やら気付けば星さんライブ@東長崎から結構日にちが流れているような。いやん。
・東長崎の小さな書店で買った本のカバーが、ひょーたんさんマンジュ様らに「(余計な装飾宣伝がなくて)潔い」と絶賛されて「そこかよ」と内心突っこみつつも激しく嫉妬。カバーの分際でッ、キィィ!
・ぼくはこども舌なのでキャベツは辛くていやです。キャベツはいたい。
・果物は体にいいと思う。
・ライブ会場の店にいたお犬様が頗る立派。
・ひょーたんさんを護送するために第一部で離脱。ナイトいさやん。
・ただしメールはぶった切る。
最近、人とメールをしていると遣り取りが途中でぶった切れる。や、切るのは僕なのですが。
何の脈絡もなく音信不通になるので相手の人はさぞかし不安なのだろうなあとは思います。すみませんすみません。つかニコ動見ながらメールの言葉を捜しているうちに時間が経ってそのまま寝る、というパターンが殆どなのです。メールは時間がかかる。
最近の子供はメールが30分以内に返ってこないと遅いと感じるのだとか。つい十数年前までは家族の目を忍んで黒電話、という時代もあったというのに。といっても今は「30分以内に返ってこないと遅い」のがスタンダードなのだからどうしようもない。うん、どうしようもない。今の若者とは仲良くできそうにないです。残念だ。
先日小学校の同窓会があり、小六はもはや昔なのだと認識。そうか、そうなのか……。八年の間に色々変わったんだねぇ、みんな。特に女の子の見た目が。化けすぎだろうよ。昔はあんなにおしとやかなお嬢さんだったのに、立派なギャルに進化していたのでした。
逆に考えれば、逆算すればみんな人の子、ということなのでしょう。
2007年10月1日月曜日
調査
色々一周年なので、一年間で読んだ本を調べてみる。一応あいうえお順で。
麻生閣下「とてつもない日本」
新井素子「くますけと一緒に」
伊藤たかみ「ロスト・ストーリー」
江國香織「なつのひかり」「思いわずらうことなく愉しく生きよ」「ぬるい眠り」「こうばしい日々」「すいかの匂い」
江國香織 他「いじめの時間」
荻原規子「西の善き魔女 1」
小川洋子「余白の愛」「ブラフマンの埋葬」「妊娠カレンダー」「密やかな結晶」「偶然の祝福」「完璧な病室」「シュガータイム」「薬指の標本」「ホテルアイリス」
尾崎翠(中野翠編)「尾崎翠集成 上下」
壁井ユカコ「キーリ 1~9」
機本伸司「神様のパズル」
椎名誠「アド・バード」
塩野七生「ローマ人の物語 1~20」
谷崎潤一郎「痴人の愛」
辻仁成「クラウディ」「ニュートンの林檎 上下」
奈須きのこ「DDD 1」
長野まゆみ「鳩の栖」「野ばら」
梨木香歩「裏庭」
夏目漱石「こころ」
本多孝好「MISSING」
三島由紀夫「永すぎた春」
向山貴彦(宮山香里・絵)「童話物語 上下」
村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス 上」「アフターダーク」「スプートニクの恋人」
村山由佳「すべての雲は銀の・・・ 上下」「聞きたい言葉(おいコーⅨ)」
森絵都「DIVE!! 上下」「アーモンド入りチョコレートのワルツ」「つきのふね」「永遠の出口」
森山東「デスネイル」
吉本ばなな「アムリタ 上」
唯川恵「愛しても届かない」「今夜誰のとなりで眠る」「肩越しの恋人」
夢野久作「少女地獄」
ケリー・リンク「スペシャリストの帽子」
コレット「青い麦」
ジェイムズ・ディプトリー・ジュニア(浅倉久志訳)「すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた」
ジョイン・ヨーレン(村上博基訳)「夢織り女」
スコット・フィッツジェラルド(村上春樹訳)「グレート・ギャツビー」
スティーブン・キング(山田順子訳)「スタンド・バイミー(秋冬編)」
ダニエル・キイス(小尾芙佐訳)「アルジャーノンに花束を」
チョーサー(金子健二訳)「カンタベリー物語」
フランツ・カフカ(原田義人訳)「城」
ベアトリ・ベック(川口恵子訳)「ガラスびんの中のお話」
ヘッセ「車輪の下」
ルートウィヒ・ウィトゲンシュタイン(中平浩司訳)「論理哲学論考」
ロイス・ローリー(掛川恭子訳)「ザ・ギバー 記憶を伝える者」(中村浩美訳)「サイレントボーイ」
��.ガルシア=マルケス「エレンディラ」
��・D・サリンジャー「九つの物語」
多少の書き漏らしがあるにしても、およそ百冊。そんなべらぼうに多いわけでもないのね。しかしこれだけあってミステリーが一冊もないのってどうなのやら。時期が来れば自然と興味も湧くことでしょう、きっと。
麻生閣下「とてつもない日本」
新井素子「くますけと一緒に」
伊藤たかみ「ロスト・ストーリー」
江國香織「なつのひかり」「思いわずらうことなく愉しく生きよ」「ぬるい眠り」「こうばしい日々」「すいかの匂い」
江國香織 他「いじめの時間」
荻原規子「西の善き魔女 1」
小川洋子「余白の愛」「ブラフマンの埋葬」「妊娠カレンダー」「密やかな結晶」「偶然の祝福」「完璧な病室」「シュガータイム」「薬指の標本」「ホテルアイリス」
尾崎翠(中野翠編)「尾崎翠集成 上下」
壁井ユカコ「キーリ 1~9」
機本伸司「神様のパズル」
椎名誠「アド・バード」
塩野七生「ローマ人の物語 1~20」
谷崎潤一郎「痴人の愛」
辻仁成「クラウディ」「ニュートンの林檎 上下」
奈須きのこ「DDD 1」
長野まゆみ「鳩の栖」「野ばら」
梨木香歩「裏庭」
夏目漱石「こころ」
本多孝好「MISSING」
三島由紀夫「永すぎた春」
向山貴彦(宮山香里・絵)「童話物語 上下」
村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス 上」「アフターダーク」「スプートニクの恋人」
村山由佳「すべての雲は銀の・・・ 上下」「聞きたい言葉(おいコーⅨ)」
森絵都「DIVE!! 上下」「アーモンド入りチョコレートのワルツ」「つきのふね」「永遠の出口」
森山東「デスネイル」
吉本ばなな「アムリタ 上」
唯川恵「愛しても届かない」「今夜誰のとなりで眠る」「肩越しの恋人」
夢野久作「少女地獄」
ケリー・リンク「スペシャリストの帽子」
コレット「青い麦」
ジェイムズ・ディプトリー・ジュニア(浅倉久志訳)「すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた」
ジョイン・ヨーレン(村上博基訳)「夢織り女」
スコット・フィッツジェラルド(村上春樹訳)「グレート・ギャツビー」
スティーブン・キング(山田順子訳)「スタンド・バイミー(秋冬編)」
ダニエル・キイス(小尾芙佐訳)「アルジャーノンに花束を」
チョーサー(金子健二訳)「カンタベリー物語」
フランツ・カフカ(原田義人訳)「城」
ベアトリ・ベック(川口恵子訳)「ガラスびんの中のお話」
ヘッセ「車輪の下」
ルートウィヒ・ウィトゲンシュタイン(中平浩司訳)「論理哲学論考」
ロイス・ローリー(掛川恭子訳)「ザ・ギバー 記憶を伝える者」(中村浩美訳)「サイレントボーイ」
��.ガルシア=マルケス「エレンディラ」
��・D・サリンジャー「九つの物語」
多少の書き漏らしがあるにしても、およそ百冊。そんなべらぼうに多いわけでもないのね。しかしこれだけあってミステリーが一冊もないのってどうなのやら。時期が来れば自然と興味も湧くことでしょう、きっと。
2007年9月25日火曜日
捩レ飴細工
「捩レ飴細工」
レ点に見られるように、レには反転の意があり、尖端にて象徴される。反転とは、二項対立概念の一端から対極へ瞬時に移項することではなく、回転し巡ることである。我々の知覚では瞬間的に見えることもあるが、過程は省略はされども決して消却はされない。と、爺様は呟き亡くなった。幼かった私には爺様の言葉の意味はわからなかったが、それとなくは感じられた。以来輪郭のない概念が四六時中頭の中に満ち溢れたが、夢の中においてのみ概念に触れられるのだった。
夢の中では私は岬の先端にある城を目指している。城といっても既に城の原型を留めておらず、ただひたすらに捩れ水飴のように伸びていた。爺様の別の言葉を思い出す。変化は反転や回転を内包する。事物の変化の完了に要する時間の長短に関わらず、その過程は必ず連続しているのだよ。瞬間的変化の瞬間に圧縮された過程には私の知らないことがまだ眠っている。
回転とは世界の根幹を為す原理である。
捩れた城の中心は超過の摩擦熱で既に融解し、真白に燃えていた。原初の太陽である。その核に何故回転するのか問うたが、彼は黙して答えない。ねえ神様。その手で飴細工を創るのか。既に捩れつつあるものを。
タイトル競作「捩レ飴細工」出品ー。○:4、△:1、×:2、という具合。自分が発案したタイトルに作品が集ると何だか嬉しい。
レ点に見られるように、レには反転の意があり、尖端にて象徴される。反転とは、二項対立概念の一端から対極へ瞬時に移項することではなく、回転し巡ることである。我々の知覚では瞬間的に見えることもあるが、過程は省略はされども決して消却はされない。と、爺様は呟き亡くなった。幼かった私には爺様の言葉の意味はわからなかったが、それとなくは感じられた。以来輪郭のない概念が四六時中頭の中に満ち溢れたが、夢の中においてのみ概念に触れられるのだった。
夢の中では私は岬の先端にある城を目指している。城といっても既に城の原型を留めておらず、ただひたすらに捩れ水飴のように伸びていた。爺様の別の言葉を思い出す。変化は反転や回転を内包する。事物の変化の完了に要する時間の長短に関わらず、その過程は必ず連続しているのだよ。瞬間的変化の瞬間に圧縮された過程には私の知らないことがまだ眠っている。
回転とは世界の根幹を為す原理である。
捩れた城の中心は超過の摩擦熱で既に融解し、真白に燃えていた。原初の太陽である。その核に何故回転するのか問うたが、彼は黙して答えない。ねえ神様。その手で飴細工を創るのか。既に捩れつつあるものを。
タイトル競作「捩レ飴細工」出品ー。○:4、△:1、×:2、という具合。自分が発案したタイトルに作品が集ると何だか嬉しい。
2007年9月17日月曜日
うんざりするくらい大きなもの
「うんざりするくらい大きなもの」
それはうんざりするくらい大きなものだった、とうんざりするくらい優しい声で言うのでつい手を止めて聞き入ってしまった。
何にもないところにそれはあって、両手を目一杯広げても幅の十分の一にもならない。薄茶色と薄灰色のしま模様が右斜めに入っていて、その幅は握りこぶし一つ分。ぐっと上を見上げてもてっぺんなんかまるで見えなくて、空のどこかですうっと線が消えていた。
とりあえず周りを歩いてみた。
右手でそれを触りながら歩くとしま模様がぐるぐる動いて、なんとなく床屋を思い出した。それは完全な円形だった。何周歩いたかわからなくなった。
手触りは固くも柔らかくもなくて、冷たくも温かくもない。ざらざらでもつるつるでもない。力を込めて押してみたら、なんとなくだけど、へこんだ気がした。手を離したら元に戻った気もした。
結局わたしにはそれが何なのかさっぱりわからなかった。だけど背もたれにはちょうどいいと思ったから、そこに座って本を読むことにした。しかし来る途中で半分くらい読んでしまっていたし、新しい本も持っていなかった。読み終わってしまったらどうしようか迷ったけれど、それは読み終わってから考えればいいことだと思った。
しおりを傍らに置いて、それに背もたれて、じっくりと本を読んでいたら、真反対に誰かが来て背もたれた。荷物を置く音や、ふう、と息をつく音が聞こえたから。
何にもないところにそれがあって、あとわたしともう一人誰かがいるのはとても自然なことに思えた。そよ風なんて吹かないし、太陽も星もなければ草も土も何もないところだけれど、それとわたしと誰かがいたって別にいいと思った。
わたしが本の残り数ページを読んでいるとき、反対側で彼(誰かのことだ、もしかしたら彼女かもしれない)はたぶん弁当を食べていた。プラスティックのフォークが弁当箱の底に当たる音がしたから。
本を読み終わるのと同時に彼も弁当を食べ終わり、それからしばらく二人でぼうっとしていた。上を見上げると相変わらずそれはうんざりするくらい大きくて、てっぺんなんかまるで見えなくて、空のどこかですうっと線が消えていた。薄茶色と薄灰色のしま模様があって、その幅は握りこぶし一つ分。手触りは固くも柔らかくもなくて、冷たくも温かくもない。ざらざらでもつるつるでもない。ぽかんと口を空けて手足を投げ出して、これからどうしようかと考えた。家に帰ろうかもうしばらくここにいようか。何にもないここはそれなりに気に入っていたから、もうしばらくここにいようと思った。
それから脈を千回数える間、わたしと彼はここにいて、わたしは何にもない空を見ていた。地平線なんか当然ない地続きの空を見ながら千五十まで数えて、立ち上がった。しおりは本の一番最後のページに挟んで、荷物はまとめて、それを背にして歩き始める。彼はまだいるかもしれないし、もういないかもしれないし、もともといなかったのかもしれないけれど、それは問題ではなかった。
帰りはX駅の始発の電車に乗ってきた。売店で買ったばかりの本を何ページか読んでいるうちに眠くなって、目を醒ましたら電車はもう動いていた。まばらに立つ人たちの間から窓の外が見えて、空は絵に描いたみたいな夕焼け空だった。夕陽に近い雲は真っ赤に燃えてて、それから遠のくにつれてだんだんくすんだ色になって、そのうち紫紺の空に融けていくのがなんだか綺麗だなって思った。
あと、これがおみやげ。と言って差し出したのは駅前のケーキ屋のレアチーズケーキだった。ぼくはここのレアチーズケーキが好きでしょうがない。
それはうんざりするくらい大きなものだった、とうんざりするくらい優しい声で言うのでつい手を止めて聞き入ってしまった。
何にもないところにそれはあって、両手を目一杯広げても幅の十分の一にもならない。薄茶色と薄灰色のしま模様が右斜めに入っていて、その幅は握りこぶし一つ分。ぐっと上を見上げてもてっぺんなんかまるで見えなくて、空のどこかですうっと線が消えていた。
とりあえず周りを歩いてみた。
右手でそれを触りながら歩くとしま模様がぐるぐる動いて、なんとなく床屋を思い出した。それは完全な円形だった。何周歩いたかわからなくなった。
手触りは固くも柔らかくもなくて、冷たくも温かくもない。ざらざらでもつるつるでもない。力を込めて押してみたら、なんとなくだけど、へこんだ気がした。手を離したら元に戻った気もした。
結局わたしにはそれが何なのかさっぱりわからなかった。だけど背もたれにはちょうどいいと思ったから、そこに座って本を読むことにした。しかし来る途中で半分くらい読んでしまっていたし、新しい本も持っていなかった。読み終わってしまったらどうしようか迷ったけれど、それは読み終わってから考えればいいことだと思った。
しおりを傍らに置いて、それに背もたれて、じっくりと本を読んでいたら、真反対に誰かが来て背もたれた。荷物を置く音や、ふう、と息をつく音が聞こえたから。
何にもないところにそれがあって、あとわたしともう一人誰かがいるのはとても自然なことに思えた。そよ風なんて吹かないし、太陽も星もなければ草も土も何もないところだけれど、それとわたしと誰かがいたって別にいいと思った。
わたしが本の残り数ページを読んでいるとき、反対側で彼(誰かのことだ、もしかしたら彼女かもしれない)はたぶん弁当を食べていた。プラスティックのフォークが弁当箱の底に当たる音がしたから。
本を読み終わるのと同時に彼も弁当を食べ終わり、それからしばらく二人でぼうっとしていた。上を見上げると相変わらずそれはうんざりするくらい大きくて、てっぺんなんかまるで見えなくて、空のどこかですうっと線が消えていた。薄茶色と薄灰色のしま模様があって、その幅は握りこぶし一つ分。手触りは固くも柔らかくもなくて、冷たくも温かくもない。ざらざらでもつるつるでもない。ぽかんと口を空けて手足を投げ出して、これからどうしようかと考えた。家に帰ろうかもうしばらくここにいようか。何にもないここはそれなりに気に入っていたから、もうしばらくここにいようと思った。
それから脈を千回数える間、わたしと彼はここにいて、わたしは何にもない空を見ていた。地平線なんか当然ない地続きの空を見ながら千五十まで数えて、立ち上がった。しおりは本の一番最後のページに挟んで、荷物はまとめて、それを背にして歩き始める。彼はまだいるかもしれないし、もういないかもしれないし、もともといなかったのかもしれないけれど、それは問題ではなかった。
帰りはX駅の始発の電車に乗ってきた。売店で買ったばかりの本を何ページか読んでいるうちに眠くなって、目を醒ましたら電車はもう動いていた。まばらに立つ人たちの間から窓の外が見えて、空は絵に描いたみたいな夕焼け空だった。夕陽に近い雲は真っ赤に燃えてて、それから遠のくにつれてだんだんくすんだ色になって、そのうち紫紺の空に融けていくのがなんだか綺麗だなって思った。
あと、これがおみやげ。と言って差し出したのは駅前のケーキ屋のレアチーズケーキだった。ぼくはここのレアチーズケーキが好きでしょうがない。
2007年9月9日日曜日
一本槍松彦の話
「一本槍松彦の話」
竹彦や梅子と違って松彦はひどく気弱な子供だった。父親も母親も、親戚の誰もが気の強い人たちである中で、突然変異と言っても差し支えのないくらい松彦は気弱な子供だった。
例えばアクション映画を見ているとき、弟や妹が拳を握り画面に唾と野次を飛ばす傍らで松彦は身を硬くしているのだった。とりわけ血が流れるシーンなど痛覚が表出されるときは見てもいられなくなった。そんな松彦を、竹彦は弱虫意気地無しと言ったし、未だ言葉をあまり知らない梅子も似たようなことは思っていたに違いない。
兄弟で遊ぶとき、松彦たちはしばしばヒーローごっこをした。竹彦と梅子が、やろうやろう、と松彦にせがむのだ。もちろん松彦は二人に倒される怪獣や悪者の役なのだった。白いシャツとカーキ色のズボンから伸びる手足は細く生白く、悪役にはよほどふさわしくないのは全く問題ではなかった。
かくして松彦は年下の二人にこっぴどくやっつけられる。殴られた所が痣になって残るのはいつものことであるが、決して見過ごされてはならない傷とは見なされない。気の強い両親は子供は怪我を作るのが当たり前だと思っていたし、何よりも兄であるというレッテルが弟や妹よりも優位にあるという認識を生んでいた。彼らには兄が弟や妹に虐げられるという構図を想像することもできないのだった。
あるとき竹彦が松彦のシャツの裾を掴んで引っ張り倒し、梅子が松彦の脛を思い切り蹴飛ばした。すかさず竹彦は松彦にのしかかり梅子も後に続いた。決して重いわけではないが、体重のかかる場所が悪ければそれなりの苦痛にはなった。松彦が堪らず「やめて、やめろ」と叫ぶがそれは火に油を注ぐだけで、ますます竹彦と梅子は目をぎらぎらとさせた。
明滅を繰り返す視界で振り回した膝が竹彦の鳩尾を打ったのはそのときだった。竹彦はもんどり返って蹲り、梅子は何が起こったのかわからないという風で松彦と竹彦を見ていた。松彦は上半身を起こした。小さく丸くなる弟の背中を荒い息で睨むような呆然と眺めるような、ぴくぴくと痙攣を繰り返す姿は泣いているのだろうかと思ったがそれには不思議と罪悪感は湧かず代わりにふつふつと湧き上がるどろどろした衝動、一体それをどこから吐き出せばいいのかどうして気弱な松彦にわかろうものか。立ち上がって竹彦のわき腹を蹴り上げて、仰向けになった竹彦の顔を、鼻を、その足で踏みにじって、そのとき竹彦はどんな顔をするだろう、傍らで見ている梅子はどうするだろう、泣くだろうか。竹彦は死んでしまうだろうか。しかし松彦の足は動かない。
そのうち梅子がおかあさあん、と母親を呼びに行ってしまった。しかし子供の喧嘩に一々口を挟むような人ではない。竹彦はやがておもむろに立ち上がり、二つ咳き込み部屋から出て行ってしまった。松彦は上半身を起こしたままの姿勢で、夕陽に踊る埃をぼうっと眺めていた。どれくらい時間が経ったか忘れた頃に、梅子がごはんだよう、と襖の間から顔を半分のぞかせた。
その後もヒーローごっこは繰り返され、松彦は相も変わらず悪役で、そしてこっぴどくやっつけられた。そのたびに繰り返される残酷な妄想は、とてもぞくぞくした。
竹彦や梅子と違って松彦はひどく気弱な子供だった。父親も母親も、親戚の誰もが気の強い人たちである中で、突然変異と言っても差し支えのないくらい松彦は気弱な子供だった。
例えばアクション映画を見ているとき、弟や妹が拳を握り画面に唾と野次を飛ばす傍らで松彦は身を硬くしているのだった。とりわけ血が流れるシーンなど痛覚が表出されるときは見てもいられなくなった。そんな松彦を、竹彦は弱虫意気地無しと言ったし、未だ言葉をあまり知らない梅子も似たようなことは思っていたに違いない。
兄弟で遊ぶとき、松彦たちはしばしばヒーローごっこをした。竹彦と梅子が、やろうやろう、と松彦にせがむのだ。もちろん松彦は二人に倒される怪獣や悪者の役なのだった。白いシャツとカーキ色のズボンから伸びる手足は細く生白く、悪役にはよほどふさわしくないのは全く問題ではなかった。
かくして松彦は年下の二人にこっぴどくやっつけられる。殴られた所が痣になって残るのはいつものことであるが、決して見過ごされてはならない傷とは見なされない。気の強い両親は子供は怪我を作るのが当たり前だと思っていたし、何よりも兄であるというレッテルが弟や妹よりも優位にあるという認識を生んでいた。彼らには兄が弟や妹に虐げられるという構図を想像することもできないのだった。
あるとき竹彦が松彦のシャツの裾を掴んで引っ張り倒し、梅子が松彦の脛を思い切り蹴飛ばした。すかさず竹彦は松彦にのしかかり梅子も後に続いた。決して重いわけではないが、体重のかかる場所が悪ければそれなりの苦痛にはなった。松彦が堪らず「やめて、やめろ」と叫ぶがそれは火に油を注ぐだけで、ますます竹彦と梅子は目をぎらぎらとさせた。
明滅を繰り返す視界で振り回した膝が竹彦の鳩尾を打ったのはそのときだった。竹彦はもんどり返って蹲り、梅子は何が起こったのかわからないという風で松彦と竹彦を見ていた。松彦は上半身を起こした。小さく丸くなる弟の背中を荒い息で睨むような呆然と眺めるような、ぴくぴくと痙攣を繰り返す姿は泣いているのだろうかと思ったがそれには不思議と罪悪感は湧かず代わりにふつふつと湧き上がるどろどろした衝動、一体それをどこから吐き出せばいいのかどうして気弱な松彦にわかろうものか。立ち上がって竹彦のわき腹を蹴り上げて、仰向けになった竹彦の顔を、鼻を、その足で踏みにじって、そのとき竹彦はどんな顔をするだろう、傍らで見ている梅子はどうするだろう、泣くだろうか。竹彦は死んでしまうだろうか。しかし松彦の足は動かない。
そのうち梅子がおかあさあん、と母親を呼びに行ってしまった。しかし子供の喧嘩に一々口を挟むような人ではない。竹彦はやがておもむろに立ち上がり、二つ咳き込み部屋から出て行ってしまった。松彦は上半身を起こしたままの姿勢で、夕陽に踊る埃をぼうっと眺めていた。どれくらい時間が経ったか忘れた頃に、梅子がごはんだよう、と襖の間から顔を半分のぞかせた。
その後もヒーローごっこは繰り返され、松彦は相も変わらず悪役で、そしてこっぴどくやっつけられた。そのたびに繰り返される残酷な妄想は、とてもぞくぞくした。
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